事例紹介

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の導入事例 vol.2 株式会社Agoop

JAXAの若手が試してみたいことに、小さな規模・サイクルでチャレンジできる機会を創りたい (職種:研究開発、留学頻度:週1日、留学時:新卒入社18年目)
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目的
民間企業の「事業づくり」を理解し、新たなプロジェクトの共創を目指す
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背景
政府が宇宙関連産業の市場規模拡大を目標に据える中でビジネスをプロデュースする人材が不足していた
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効果
民間企業の理解と共創に必要なマインドや仕組みを学んだ
JAXA(宇宙航空研究開発機構)では、2018年度以降の中長期計画において打ち出した人材育成方針にもとづき、職員を一定期間、他社に「留学」させる制度を導入しました。
第1回記事では、導入の背景と、選ばれた「留学生」の応募動機をご紹介しました。
第2回目となる今回は、1人目の他社留学事例をお届けします。
所属 宇宙航空研究開発機構
留学先 株式会社Agoop(ソフトバンクグループ)
他社留学期間 週1回/6カ月(2019年7月~2020年1月)
留学した人 松尾尚子さん(第一宇宙技術部門・衛星利用運用センター所属/留学時:新卒入社18年目)
送り出した人 Agoop 技術本部 本部長/取締役兼CTO 加藤有祐さん
Agoop 技術本部 企画開発部 部長 桜本拓也さん

ビッグデータ事業を手がけるベンチャー企業で新事業開発に取り組む

松尾さんの留学先であるAgoopは2009年に設立されたフトバンク100%出資の子会社。全世界で集積した位置情報ビッグデータを独自の技術で解析し、人の動きを見える化することで、「流動人口データ」などの情報を生成・提供しています。
松尾さんが配属されたのは企画開発部。4人のメンバーとともにチームを組み、AgoopのデータとJAXAの衛星データを組み合わせたサービスの検討を行いました。
松尾尚子さん(第一宇宙技術部門・衛星利用運用センター所属/留学時:新卒入社18年目)
――AgoopのCTO・加藤さん、チームリーダーの桜本さんに、松尾さんを受け入れたときのお気持ちをお伺いします。
加藤さん(以下、加藤) 私たちは今、グローバルネットワークを改善するようなビッグデータのサービスの事業化に取り組んでいます。JAXAさんから留学のお話をいただいたとき、衛星データと組み合わせることで新たなシナジーを生み出せるんじゃないかと考え、喜んでお受けしました。
Agoop 技術本部 本部長/取締役兼CTO 加藤有祐さん
桜本さん(以下、桜本) 国の研究機関の方ということで、最初は「堅い」イメージを抱いていたんですが、松尾さんはすごく気軽に話せて、柔軟な方。「学びたい」「吸収したい」という気持ちが強く、真摯に話を聴いてくださるのがありがたいですね。課題が持ち上がった際、誰よりもしっかり調べてくださいますし、うちのメンバーにもいい緊張感、刺激が生まれました。
Agoop 技術本部 企画開発部 部長 桜本拓也さん
――松尾さん、Agoopに入った当初、カルチャーショックはありましたか?
松尾さん(以下、松尾) まず、メールを使わないことにびっくりしました。AgoopではチャットツールであるSlackを日常的に使用しています。JAXAでも同様のツールは導入されており、一部では活用されているものの、全体ではメール文化が定着していますから。また、JAXAでは会議や打合せの資料をワードやパワーポイントでしっかり作りますが、Agoopではプロジェクトの進捗確認などはDropboxのドキュメントに皆が同時に書き込むスタイル。これも大きなカルチャーギャップでした。
加藤 「民間企業の働き方を学びたい」というご希望でしたので、場所・時間を選ばない働き方を体験していただこうと思いました。Slackは、メールよりやりとりのスピードが速いので、当社では日常的に活用しています。
松尾 また、インプットを共有する文化が良いなと思いました。もちろん、JAXAでも社会の課題は何か、衛星データで解決できないかなどアンテナを張っていますが、Agoopのチームでは、メンバーの皆さんが新しい情報を見つけたらオープンチャンネルに投稿している。世の中に敏感であるだけでなく、インプットを共有することで刺激しアイデアを生み出す文化なんだなと感じました。
加藤 松尾さんも率先して気付いたことをSlackに投稿してくださっていましたよね。
――松尾さんが所属するチームの取り組みは、どのように進んでいきましたか?
松尾 5人で行うブレストが、いつも楽しくて。アイデアがポンポン出てくるので感心しきりでした。私はJAXAが持つ衛星データにはどんなものがあるかを説明し、提供もしました。出たアイデアの中から3つのプロジェクトに絞って進め、1つは中止しましたが、残り2つを進めながら新規のアイデアも検討していきました。
桜本 「雨量の可視化」「災害時の異常検知・予測」について、事業化を進めています。もう一つ検討していたものがあったんですが、衛星データを活用する以上に時間的にもコスト的にも有効な手段が他にあると判断し、中止したんです。
――Agoopにおけるプロジェクト推進のプロセスで、どんなことを学びましたか?
松尾 JAXAの場合、方針をしっかり決めた上で1年~3年といったスパンで取り組みますが、ソフトバンクやAgoopのスタイルである「小さなサイクルでどんどん回す」を経験できました。2ヵ月(実質8日間の勤務)の議論で3つの案件を立ち上げて、さらに2ヵ月間(実質8日間)で事業開発の要素をまとめ、役員説明し判断を仰ぐというスピード感、そして「このうち1件はやめる」という結果は、「スモールスタート」を十分に学べるものでした。
プロジェクトが立ち上がった後の、事業化へのプロセスも学べました。「顧客は誰で、どんなふうに喜ばれるのか」「お金の流れはどうなるのか」を突き詰めて考えることも、競合他社について調べることも、JAXAでは経験してこなかったことです。また、JAXAでは必要な事業に予算を使いますが、こちらではことあるごとに「ここにコストがかかる」「このコストを削減できるか」が論点となります。
このように、事業を創り上げるプロセスでの民間企業の考え方を知ることができたのは、大きな学びになったと思います。
加藤 プロジェクトのうち一つを中止したわけですが、それも事業開発プロセスを正しく踏んだおかげで、正しく意思決定できたんです。「やめる」という判断はとても大事。「やるべきではない」という判断に至るプロセスは、松尾さんにとっていい経験だったのかもしれませんね。
――Agoopで学んだことを、JAXAに戻ってからどう活かしたいと考えていますか?
松尾 これまでは、社会課題から想像して「JAXAが持っている衛星データを民間企業さんに活用してもらえるかも」と考えていましたが、それが事業として成り立つのか想定することはできませんでした。今回、民間企業がターゲット設定、コスト計算などを経て事業を組み立てていく一連の流れが理解できたので、より確かな仮説を立てて検討していけると思います。
また、衛星データの使いづらい部分も、ユーザー側に立ってみてよく分かりましたから、システム改編の際にフィードバックをしていきます。現在、民間企業さんが衛星データを実験的に利用できる場を検討していますので、そこに今回の経験を反映していきたいと思います。
あとは内部のことになりますが、JAXAの若手が試してみたいことに、小さな規模・サイクルでチャレンジできる機会が作れれば、と。私自身は部下やチームを持っていませんが、組織に対して提言していこうと思います。
――Agoopとしては、松尾さんと組んだプロジェクトを今後どう発展させていくお考えですか?
加藤 JAXAさんから提供いただいている雨量データを活用し、災害対策のサービスへ発展させていきたいと考えています。
昨年は大雨が各地に深刻な被害をもたらしました。警報の発令が遅れ、住民の避難が遅れた地域もありましたよね。近年、こんなにも多くの災害が発生しているにも関わらず、その対策にテクノロジーが十分活かされているとはいえません。私たちのデータも、災害発生後の影響の分析には使われているのですが、災害前・災害中にはまだ役に立てていない。一刻も早く、雨量予測・浸水予測を確立して、人々を助けられるシステムを提供できるようにしたいと思います。松尾さんとの協業により、その実現が早まったと思います。

「Kompreno®︎」の無料公開版がJAXAの降水量データと連携。時間別の人の流れと天気の関係性が解析可能に。https://www.agoop.co.jp/news/detail/20200115_01.html

――松尾さん、他社留学を経験し、ご自身が変わったと思う点を教えてください。
松尾 衛星データの利用推進策を検討する際に、いかにスモールスタートで行うか考えるようになりました。JAXAの事業は、衛星開発に5年、その後の運用に5年など、10年レベルで行うものが多いです。ですが、衛星データの利用となると変化の速い社会に合わせる必要があります。時間をかけてしっかりと研究開発するものもあれば、迅速に社会課題解決に向けて取り組む。事業の進め方について新しい手法を得たなと感じています。
会社名 宇宙航空研究開発機構
業種  日本の航空宇宙開発政策を担う研究・開発機関
URL https://www.jaxa.jp/