事例紹介

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の導入事例 vol.1_背景・目的

JAXAの職員が企業へ「留学」。
民間企業の「事業づくり」を理解し、新たなプロジェクトの共創を目指す
宇宙航空研究開発機構(JAXA)
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目的
民間企業の「事業づくり」を理解し、新たなプロジェクトの共創を目指す
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背景
政府が宇宙関連産業の市場規模拡大を目標に据える中でビジネスをプロデュースする人材が不足していた
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効果
民間企業の理解と共創に必要なマインドや仕組みを学んだ
JAXAでは、第4期中長期計画(2018~2024年度)において打ち出した人材育成実施方針にもとづき、職員を一定期間、他社に「留学」させる制度を試行導入しました。
導入の背景をはじめ、実際に「他社留学2019」を経験した職員の方々がどんな気付き、学びを得たのか、そして留学を受け入れた企業にはどんなシナジー効果が生まれたかを、3回にわたり紹介します。
第1回目は、新事業促進部 事業開発グループ長の上村俊作さんに、「他社留学2019」を導入した背景をお聞きしました。
所属 宇宙航空研究開発機構(JAXA)
留学先 ・株式会社Agoop(ソフトバンクグループ)
・株し会社ポーラスター・スペース
他社留学期間 週1回/6カ月(2019年7月~2020年1月)
留学した人 松尾尚子さん(第一宇宙技術部門・衛星利用運用センター所属/留学時:新卒入社18年目)
佐藤健一さん(調達部 研究・事業調達室 主任/留学時:新卒入社18年目)
送り出した人 新事業促進部 事業開発グループ長/プロデューサー
(併任)人事部 (併任)ワーク・ライフ変革推進室
上村 俊作

「提案力」を磨き、民間企業の役に立てるようになりたい

――職員を「他社留学」させた背景をお聞かせください。
上村さん(以下、上村) JAXAでは、2018年度から7年間の中長期計画における人材育成実施方針にて2つの柱を掲げ、JAXAとして初めて外部に広く公表しました。一つは「より一層の技術力・専門能力の強化」。もう一つが「提案力の強化」です。
政府が宇宙関連産業の市場規模拡大を目標に据える中、国の研究開発機関であるJAXA内で完結するのではなく、外部と連携してJAXAプロジェクトや民間ビジネスをクリエイトし、アイディアをカタチにしていくようなプロデュースができるチカラ、提案力を備えよう、ということです。提案力を強化するためには、基盤となるような技術力・専門能力に加え、「異分野・異業種に関する知見・理解」「異分野・異業種とのコミュニケーション能力・ネットワーク」「専門分野と異分野・異業種を統合する力」「行動力・調整力」「ゼロからの発想力など企画を実現する力」などが必要です。
2019年度に、新規事業促進部と人事部が連携しつつ、提案力を育む要素を磨くための越境学習プログラムの一施策として、エッセンス株式会社がサービス提供する「他社留学」(週1回・半年間)を試行導入しました。

※第4期人材育成実施方針 http://www.jaxa.jp/about/h-resource/index_j.html

――上村さんが「他社留学」の導入に尽力されたそうですが、何が原動力となったのでしょうか?
上村 実は、私自身、入社して外部への出向を3回経験しています。最初は文部科学省、次に宇宙教育事業に取り組む公益財団法人日本宇宙少年団、そして株式会社電通で働きました。3年弱、秘書役(理事長秘書)として、経営の考え方や国内外の最新動向を肌で感じる機会にも恵まれました。
目まぐるしく変化する環境の中で、JAXAでは得難いビジネス開発経験や、赤字から黒字化を使命と課せられ法人経営に携わった20~30代の修羅場経験が、いま私の肥やしになっています。
これまで組織に出向機会をもらい私が経験したことを、これから組織の中核人材を担う多くの若手職員に体感してほしいという想いがありました。そして、外部でも戦える、通用する人材を育て、宇宙業界はもちろん、業界外に多く輩出していきたい。それが結果として、組織・経営力を高めるはずだという想いも常に抱いていました。
実際、私が人事部に所属していた頃に、若手職員を総合商社、自動車メーカー、総合電機メーカー、宇宙ベンチャーなどへの出向機会に恵まれましたが、ミッションを終え帰任した各職員の成果、行動変容を見て、自分の考えに確信が持てました。
今回の試行導入ですら、「週1回・半年間で成果、研修効果が出るのか」と懐疑的な雰囲気が少なからずあったのも事実です。私が人事部在籍中に人材流動の仕組みをなかなか拡充できなかったので、「いずれ再提案し、やり遂げたい」という信念が、推進する原動力になったのかもしれません。
新事業促進部 事業開発グループ長/プロデューサー 上村 俊作さん

民間企業を知ることで、「JAXAがやるべきこと」をつかむ

――他社留学で何を学んでほしいと思いましたか?
上村 民間企業での仕事の進め方や考えに触れる中で多くの学びや気付きもあるでしょうが、JAXAに「そのまま持ち込む」ということは実はあまり期待していません。なぜなら、民間企業と国の研究開発機関たるJAXAは組織の性格、期待されている役割も異なり、民間企業と同じことをしても仕方ないからです。
ですから、スキルの習得・強化はもちろんのこと、私が重要視したのは、外部でお客様扱いされずに働くことを通じて、JAXAの位置づけ、今後JAXAが果たすべき役割を今一度再認識してほしい、ということです。今後、共創していくことになる民間企業ではどういったことにどのように取り組み、どんなことで悩んでいるのか、それに対してJAXAはどうお役に立てるのか、民間に任せるべきこととJAXAでやるべきことをどう線引きするのか……という視点を得てほしい、と。
もちろん、他社留学がきっかけになって、新しい事業やプロジェクトが生まれたりすることは、新事業促進部としても嬉しい副産物ではあります。しかし、それ以上に「新しい視点」を身に付けてもらうことを目的としました。
――他社留学する人を、どのように選びましたか?
上村 こうした取り組みに対する意欲を持った職員がどの程度いるかも把握したかったため、あえて、今回は社内公募しました。エントリーシートに「応募動機」「留学先企業で活かしたい保有スキル・経験」「留学先企業で学び得たいスキル・経験」「他社留学で学び得られたスキル・経験をどのような形で組織にフィードバックしたいか・どのように業務で活用したいか」「留学先企業でどのような分野、テーマ、プロジェクトに取り組みたいか」「希望する留学先企業はあるか」などの項目を記入して提出してもらいました。それをもとに、応募職員の所属長や人事部との調整を経て、より高い研修成果が期待できる留学先企業と、意欲・熱量が高い職員を選びました。実は、応募時からいかに魅力的な留学プランを自ら提案できるかについても注目しておりました。
今回は試行だったため、2名の若手職員を選びました。それぞれ事務系と技術系職員、男性と女性、そして、留学先企業も「宇宙事業」と「宇宙事業以外のスタートアップ」と分け、それぞれ異なる属性での研修成果を見極めることを狙いました。
最近、内向きな若手職員が多いと聞いていましたので、応募者ゼロかもと心配していましたが、今回の初めての試みに飛び込むファーストペンギンたる職員が少なからずいてホッとしたのも事実です(笑)

応募した留学生の想い――民間企業の事業運営の「現場」を知りたい

今回、他社留学生として選ばれたのは、第一宇宙技術部門・衛星利用運用センター所属の松尾尚子さんと、調達部 研究・事業調達室所属の佐藤健一さんです。
――松尾さんはどんな想いで応募されたのでしょうか?
松尾さん 私は、「衛星利用運用センター」という部署で、地球観測衛星データの利用推進を担当しています。将来開発する衛星でどのようなミッションを行うのか、衛星データをどう活用するかの検討を行う中で、「人流データやビッグデータなどと組み合わせられないか」と考えていたところに、他社留学制度が試行導入されました。外部で知見を得たい、また、民間企業ではどのように事業を立案し、ビジネスモデルを組み立てているのかも学んでみたいと考え、応募しました。
留学先も、自分から希望を出しました。以前、JAXA主催のシンポジウムにお招きしたことがある、位置情報ビッグデータ事業を行う株式会社Agoopです。柴山社長のお話がとても面白く人流データに関心があったので、希望留学先としてAgoopさんを挙げたところ、交渉を経て実現しました。
松尾尚子さん(第一宇宙技術部門・衛星利用運用センター所属/留学時:新卒入社18年目)
――松尾さんが所属する衛星利用運用センターで当時センター長を務めていた内藤一郎さんにお伺いします。松尾さんの意思を聞き、他社留学に賛成されたのですね。
内藤さん 留学先企業は、松尾さんが担当として取り組んでいる課題と関係があることから、業務にもプラスになると考えました。松尾さんは、新しいことへのチャレンジに意欲的で、自己研鑽の意識も高い。新しい分野で人脈を構築するとともに、留学先企業が持つ技術・人流データとJAXAの保有する技術・データ(画像)を活かした新しいソリューションのヒントを獲得してくれることを期待しました。
――佐藤さんはどんな想いで応募されたのでしょうか?
佐藤さん 私はこれまで宇宙機器部品や航空機に関わる調達業務に携わって来ました。そこで実感したのは、航空分野に比べて宇宙分野はマーケットが小さく、逆に失敗のリスクが大きいため、部材一つ一つが非常に高価であること。宇宙分野の裾野がもっと広がれば、部材のコストも下がり、研究開発のコストを抑えられるのではないかと思いました。
また、優れた技術を持っている宇宙ベンチャーでも、資金調達面で苦労しています。資金調達がうまくいけば、宇宙分野でも新規プレーヤーが増えていくでしょう。そこで、ベンチャー企業の資金調達活動に携わることで、どういう条件ならば資金調達をうまく運ぶことができるのかを学びたいと考えたんです。それを体験できれば、JAXAとしてベンチャーに対してフォローすべきことも見えて来るのではないか、と。
佐藤健一さん(調達部 研究・事業調達室 主任/留学時:新卒入社18年目)
――佐藤さんが所属する調達部 研究・事業調達室参事、高橋吉美さんにお伺いします。佐藤さんの意思を聞き、どう思われましたか?
高橋さん 外部の人の考え方や声を聞いて今後に役立てたいと考えている佐藤さんは、他社留学生として適任。外部の組織は全く別の考え方で動いていますから、外部視点で客観的に物事を捉える感覚を養えば、将来的に本人にもJAXAにも役立つことになるであろうと思いました。通常業務がかなり忙しいのに大丈夫かな、という不安もありましたが、「第三者目線」を身に付ける機会はやはり貴重。本人の意思を尊重し、送り出しました。
第2回・3回記事では、松尾さんと佐藤さんの「他社留学」の体験談を、留学先企業の声を交えてご紹介します。
会社名 宇宙航空研究開発機構
業種  日本の航空宇宙開発政策を担う研究・開発機関
URL https://www.jaxa.jp/