健康経営とは?企業にもたらす効果や導入方法、便利な制度などまとめ

「健康経営」という言葉をご存じでしょうか?新聞やインターネットで目にしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。本記事では、企業の健康経営について、その考え方や具体的な施策について解説します。

健康経営とは

「健康経営」※とは、企業が従業員の健康管理を経営的視点からとらえ、戦略的に実践していく経営手法のことです。「企業が従業員の健康に配慮することで大きな成果が期待できる」という考えに基づいています。
※「健康経営(R)」はNPO法人健康経営研究会の登録商標です。

健康経営のなりたち

企業が従業員の健康を支援する活動は、1940年代にはすでにありました。ジョンソン・エンド・ジョンソン社において当時作成されたコア・バリューである「Our Credo(我が信条)」には、従業員の健康と幸福を支援することが明記されています。

一方で「健康経営」という概念は比較的新しいものです。1992年に米国のロバート・H・ハーゼン氏が「ヘルシーカンパニー」という本を出版したことが始まりとされています。本書の中では、健康経営を「従来分断されてきた経営管理と健康管理を統合的にとらえようとするアプローチ」として紹介しています。

この考えが米国産業界で受け入れられた背景のひとつには、企業負担の健康保険料の高騰がありました。日本と異なり米国では国民皆保険制度がなく、個人が所属企業を通じて民間の医療保険に加入するのが一般的です。按分した保険料を企業も拠出するのですが、この保険料負担が経営に重くのしかかっていたのです。

日本における健康経営

日本では、2006年にNPO法人健康経営研究会が組織され、健康経営の普及が始まりました。しかし、当時の日本では新しい概念が受け入れられる土壌がまだありませんでした。

大きな転機は2013年に「日本再興戦略」が閣議決定されたことにあります。この中では「健康寿命の延伸」が言及されており、2015年には戦略を具現化する動きが現れました。経済産業省と東京証券取引所が、健康経営に取り組んでいる上場企業を選定・公表する「健康経営銘柄」の発表を開始したのです。

このころから「健康経営」という言葉のメディアへの露出が増え始め、普及に拍車がかかっていきました。

健康経営に取り組む3つのメリット

こうして普及し始めた健康経営ですが、取り組むことで得られるメリットは何でしょうか。3つの代表的なメリットを解説します。  

生産性の向上

「出勤しているものの体調がすぐれず、生産性が低下している状態」を「プレゼンティーイズム」といいます。このプレゼンティーイズムによる損失は、体調不良により仕事を休む状態よりも損失が大きいことが、研究により明らかになっています。

健康経営に取り組むことで、心身ともに健康な従業員が増加し、従業員がプレゼンティーイズム状態に陥ることを防げます。健康な従業員は集中し、迅速に、精度高く業務にあたることができるので、企業の生産性向上につながっていきます。

企業のイメージアップ・ブランド価値向上

健康経営に取り組んだ企業を国や自治体が顕彰する制度が充実してきています。これにより、企業の知名度向上・イメージ向上が期待できます。

特に採用活動においては、知名度向上・イメージ向上が大切です。就職活動をしている人は、さまざまな条件を比較検討して企業に応募します。業界や規模が同じ会社で比較をしたときに、健康経営に取り組んでいることは差別化要素としてアピールポイントになるでしょう。

ただし、アピールすることを狙って健康経営に取り組むのは目的と手段を混同していることになりますので要注意です。

 

働き方改革への対応・働き手の確保

少子高齢化に伴う労働力人口の減少、長寿化による社会保険費の増大といった社会環境の変化を背景に、働き方改革が進められています。

従来から義務化されていた65歳までの雇用確保措置に加えて、70歳までの就業機会の確保が努力義務(2020年4月1日施行)になりました。すでに定年延長や再雇用制度の延長などを始めている企業もあります。

そうした就業機会を利用するためには、心身ともに健康であることが必要です。健康経営によって健康な従業員を増やすことで、長く働いてくれる働き手を確保できるのです。

 

健康経営の2つの注意点

いいことばかりのように思える健康経営ですが、注意すべきポイントもあります。

全社に健康経営の重要さを浸透させる必要がある

人間ドックの補助やスポーツクラブ利用補助などの福利厚生制度は従来からありましたが、それらの利用は従業員個人の裁量に任せられていたケースが大半です。健康経営に取り組む場合でも、同様のサービスを利用する施策になるかもしれません。

ですが、個々の施策が同じであっても、福利厚生制度と健康経営とはまったく異なるものです。本質的な違いは、「経営」の一環として行われているかどうかです。経営として行うためには、健康経営の目的、目標となる状態、時間軸などを明確にし、全社に浸透させていくことが必要です。

なぜなら、目的が不明瞭だと、個々の従業員の行動は伴わないからです。健康経営の重要さの浸透を怠らないことで、個々の従業員の意識変化、行動変化へつながっていきます。

すぐに結果が出るわけではない

健康経営に取り組むことを宣言してから従業員の意識が変わっていくまでには、最低でも1年、通常は数年単位が必要です。

こうした時間軸を、経営層と関係者部署間で、取り組み開始の時点で共有しておかないと、取り組みが途中で頓挫してしまうことがあります。

目に見える成果はなかなか出ませんが、自然消滅しないように注意し、想定したほどの結果が得られなかった場合でも、良い方向に向かっていることに目を向けて、継続していくことが大切です。

健康経営の導入ステップ4段階

健康経営の導入ステップを、順を追って具体的に紹介します。

健康経営の実施を宣言する

健康経営という言葉は、「健康」と「経営」から成り立っています。従業員の健康をただ支援するだけなら、福利厚生制度で十分かもしれません。

ですが、「経営」である以上、継続的に投資をしてリターンを得ていくことが求められます。単なる施策の実施ではなく、最終的には企業価値の向上に結び付いている必要があるのです。

健康経営を開始する際は、経営者自らの言葉で従業員・関係者にその決意や目的を宣言し、活動に巻き込んでいきましょう。

健康経営を実施するための体制を整える

 

健康経営に取り組むことを宣言したら、次は実務を担う担当者・担当部署を決めます。専門資格を持つ従業員を担当者として配置したり、配置後に専門研修の受講を義務付けたりすることで、専門性を高めていくとよいでしょう。

関係部署に対しては、必要に応じて協力してもらう体制を作る必要があります。前向きに協力してもらうために、目的や業務負荷についてきちんと説明できるようにしておきましょう。

また事業場が複数ある場合には、各事業場に担当者を置くと、施策の実施がスムーズに進みます。内部人材だけでなく、産業医や保健師、健康保険組合などに参加してもらうことも検討するとよいでしょう。

課題を確認し、対策のための計画を作る

担当者が決まり実施体制が決まったら、次は自社の課題の把握、目標の設定、実施計画の策定を行います。このときに大事なのは、客観的なデータを使用することです。あいまいな状態で目標を決めると現実離れした計画になりがちです。

まずは、毎年受診することが義務付けられている健康診断の受診率を高めることを目標にしてもよいでしょう。すでに受診率が100%の会社は、結果を分析し、自社の課題を設定しましょう。

課題の把握や目標の設定の際には、産業医や保健師など保健スタッフの協力が欠かせません。必要な情報を共有して、アドバイスをもらうとよいでしょう。

施策を実行し、取り組みを評価する

綿密な計画を練って大きな成果を目指すより、まずはできることから始めてみましょう。従業員の心理的ハードルを下げて行動を促し、小さくても成果を出していくことが大事です。

小さく始めて大きく育てる手法は、健康経営の浸透が成功している多くの企業が採用しています。計画を立てる段階では、データが不十分だったり、仮説が不完全だったりすることも珍しくありません。そのような状況であるにもかかわらず壮大な計画を立ててしまっても、計画倒れになる可能性が非常に高いものです。

行った施策が成果として現れる成功体験をすることで、より大きな目標や施策を目指せるようになります。開始当初は、PDCAサイクルを適切に回していくことが大事です。うまく機能している施策、うまく機能していない施策、それぞれの原因や根拠を分析して次につなげましょう。

健康経営に関する制度

健康経営には、さまざまな顕彰制度があります。本章では、代表的な制度をご紹介します。

健康経営銘柄

経済産業省と東京証券取引所は、共同で健康経営銘柄を選定しています。長期的な企業価値の向上を重視する投資家に健康経営に取り組む企業を紹介し、企業による健康経営の取り組みを促進することを目指しています。

対象となるのは、「従業員などの健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組む上場企業」です。2021年は、29業種48社が健康経営銘柄に選定されています。

健康経営優良法人認定制度

 

健康経営優良法人認定制度とは、地域の健康課題に即した取り組みや日本健康会議が進める健康増進の取り組みをもとに、健康経営に取り組んでいる法人を顕彰する制度です。2015年に発足した民間主導の活動体である日本健康会議が認定をしています。

参照:健康経営優良法人認定制度|経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkoukeiei_yuryouhouzin.html

健康経営優良企業認定制度ホワイト500

健康経営優良法人認定制度の中で、大規模法人を対象とした制度です。従業員だけではなく、グループ会社・取引先・顧客・従業員の家族などにも健康経営という考え方を広める役割が求められています。

健康経営優良企業認定制度ブライト500

2020年に創設された、中小規模法人の上位層を対象とした制度です。「健康経営優良法人の中でも優れた企業」かつ「地域において健康経営の発信を行っている企業」を「ブライト500」として認定しています。自社の健康課題に応じた取り組みを実践し続けること、地域での健康経営の拡大のために取り組み事例の発信などを行う役割が求められています。

健康経営の取り組み実例

実際に健康経営に取り組んでいる企業の実例を3つご紹介します。

株式会社ローソン

株式会社ローソンでは、代表取締役社長がCSO(チーフ・サステナビリティ・オフィサー:最高サステナビリティ責任者)も兼任しています。CSOは「お客様の健康生活をサポートする企業として、私たち自身の健康を推進します」という健康経営宣言をしています。

宣言の中では、「家庭生活が充実してこそ最高のパフォーマンスが発揮できる」とされ、また社会からの要請としても、労働力の確保や医療費削減などにおいて、健康で長生きでいることが求められているとされています。

ローソンは2013年に健康宣言プロジェクトを発足させ、「健康経営銘柄」や「健康経営優良法人 大規模法人部門(ホワイト500)」にも毎年のように選出されています。

サントリーホールディングス株式会社

サントリーグループでは、2014年に「健康づくり宣言」、2016年に「健康経営宣言」を行っています。
基本方針として、職場の環境整備や働き方改革、従業員のヘルスリテラシー向上、健康づくりへの取り組みなどが掲げられています。

具体的な施策としては、「全世界のグループ社員を対象にしたウォーキングイベントの実施」や「健康促進の取り組みに応じたヘルスマイレージの付与」「臨床心理士によるメンタルヘルスミニ講座の開催」などが実施されています。

こうした取り組みが評価され、サントリーグループは「健康経営優良法人2021(大規模法人部門)」に認定されています。

株式会社ベネフィット・ワン

福利厚生サービス「ベネフィットステーション」を提供している株式会社ベネフィット・ワンは、「社員が健康であることがもっとも重要な経営基盤」という内容の健康経営宣言をしています。

実施している取り組みとしては、「喫煙者0人を目指した禁煙の促進」「平均歩数8000歩以上を目指した運動習慣の定着(達成率100%)」「残業時間を月平均45時間未満に短縮」などが挙げられます。

同社では、こうした取り組みの経営に対する影響分析を行って公表しています。発表された資料によると、健康経営の取り組みにより離職者数が減少し定着率が向上するとともに、労働生産性についても増加しているとのことです。

また、一人当たり平均残業時間では減少傾向があり、健康経営の推進による業務効率の向上が見られ、営業利益増加に貢献していることが見て取れる、と分析しています。

まとめ

企業にとって、自社の人材は大切な資産です。その資産が健全に機能するためには、個々の従業員が健康であることが当然の要件であることに異論はないでしょう。

健康管理を従業員任せにせず、企業が健康経営に取り組むことで、従業員は健康的な生活を長く送ることができます。健康経営に取り組むことは、企業にも従業員にもメリットがあります。お互いのメリットに目を向けて健康に配慮していくことで、良い関係を長く続けていきましょう。

執筆者プロフィール:
三角 達郎(社会保険労務士)
三角社会保険労務士事務所 代表 
外資系企業で採用・教育・制度企画・労務などを経験後、人事責任者として「働きがいのある企業」(Great Place to Work)に5年連続ランクインを達成。
現在は特定社会保険労務士として、企業の人事制度構築、労務管理サポートなどを行っている。

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