事業譲渡の方法は?株式譲渡との違いや、手続き上の注意点・流れを解説

企業を取り巻く経営環境が目まぐるしく変化する現在、経営の効率性を向上させることは重要です。「今後収益を生む事業を選択し、経営資源を集中する」取り組みが求められていますが、その1つとして「事業譲渡」という手法があります。

本記事では、事業譲渡のメリットや手続きなどについて順を追って解説します。

事業譲渡とは

事業譲渡とは、特定の事業者が行っている事業の一部をほかの事業者に譲渡することです。

譲渡の内容は、譲渡する側である売り手側事業者と、譲渡される(買収する)側である買い手側事業者との交渉で決定します。

譲渡が決定した場合、譲渡の対象となった事業に雇用されている人材や資産、権利などの経営資源の一部もしくは全部が、買い手側事業者のもとに移動します。

事業譲渡に関しては、もともとは旧商法のもとで営業譲渡という言葉で表されていたのですが、2006年に法人の法律行為に関する規定が会社法という法律に再編されて以降、法人が行う営業譲渡が事業譲渡という言葉で表されるようになりました。

事業譲渡とほかのM&Aの手法の違いとは

事業譲渡は、企業や事業の合併・買収の総称である「M&A」の手法の1つですが、対象とする事業や移動する経営資源を指定できるという点が、ほかのM&A手法との違いです。

事業譲渡と株式譲渡の違い

事業譲渡は、会社の経営権を維持したまま特定の事業のみをほかの事業者に譲渡するM&A手法です。

一方で株式譲渡とは、株式を売却することで経営権そのものを手放し、すべての事業をほかの事業者に譲渡するM&A手法です。

つまり事業譲渡と株式譲渡では譲渡する対象が異なり、事業譲渡は事業の一部が譲渡の対象となりますが、株式譲渡では会社全体が譲渡の対象となるという違いがあります。

事業譲渡と会社分割の違い

会社分割も、事業の一部をほかの事業者に承継させるという面では事業譲渡に似ています。

しかし、会社法における「組織再編行為」に該当するかしないかという面で違いがあります。

会社分割では、企業内の事業全体の権利や義務などを分割した上で、特定の権利や義務などをほかの事業者に移転させ、その後残った権利や義務などをもとにして、今後の事業の展開に関する組織を編成し直します。

事業譲渡と営業譲渡の違い

営業譲渡は、事業の一部をほかの事業者に承継させるという面では事業譲渡に似ていますが、適用される法律に違いがあります。

事業譲渡は会社法が適用されますが、営業譲渡は商法が適用されます。

会社法は法人の設立や組織の運営管理などに関するルールを定めた法律であり、商法とは法人・個人にかかわらず、事業を行うすべての者を対象とした商取引に関するルールを定めた法律です。

売り手側事業者が法人である場合は会社法が適用されるため事業譲渡という言葉が使われ、売り手側事業者が個人である場合は商法が適用されるため営業譲渡という言葉が使われているのです。

事業譲渡を検討すべき3つの状態とは

企業は、経営合理化のためのひとつの戦略として「事業譲渡」を検討します。事業譲渡を検討する理由でよく見られるものが以下の3つです。

事業をスリム化してキャッシュを獲得したい

人がダイエットによってスリムになったことで健康になり快活になるように、企業も事業をスリム化し、力を入れるべき事業に経営資源を集中することで、事業競争力が向上することがあります。

それに伴い、経営を維持するため、あるいは今後の中心とすべき事業を強化していくため、資金が必要になる場合があります。そのような場合の資金を調達する目的で、事業譲渡を検討することがあります。

事業の存続のために他企業の力を借りたい

既存事業が不振で、企業単独で立て直すことが困難な状況のときに、ほかの事業者の力を借りて事業の立て直しを図ることがあります。

あるいは、事業後継者がおらず事業の存続が危ぶまれるときに、ほかの事業者の傘下に入ることで事業を存続させるという選択肢もあります。

これらの場合に、他事業者からの経営的支援を得ることを目的に、事業譲渡の検討を行うことがあります。

採算の合わない事業を整理したい

採算の合わない事業を手元に残したままでいると、経営の効率が悪化します。ほかに利益を生む事業があっても、不採算事業の赤字と相殺され、今後の企業成長を図るための投資余力が失われてしまいます。

ただし、不採算事業であっても、他事業者から見れば魅力的な資源といえる場合もあります。

そのような場合に、不採算事業を手放し経営効率を向上させることを目的として、事業譲渡を検討することがあります。

事業譲渡のメリット

事業譲渡を活用すると、売り手側事業者には「経営の合理化」と、買い手側事業者には「経営のスピード化」というメリットがあります。

売り手のメリット

売り手側事業者には、主に以下のようなメリットが生じます。

・採算の取れない事業を手放すことができる
・まとまった資金を獲得できる

売り手側事業者が複数の事業を展開している場合、採算の取れない事業を手放し、その事業に投下していた経営資源を採算事業に集中させることで、経営全体の収益性を改善できます。

さらに、事業売却で得られた資金を既存の別事業や新規事業に投下することで、経営全体の収益性向上や事業拡大を実現可能になります。

これらにより、売り手側事業者は「経営の合理化」を図ることができるのです。

買い手のメリット

買い手側事業者には、主に以下のようなメリットが生じます。

・必要な事業だけ入手できる<
・短期間で必要な経営資源や事業体制を入手できる
・節税効果が生じる

M&Aや吸収合併などで企業全体を入手した場合、必要ではない資産や負債なども背負わなければなりません。事業譲渡であれば、買い手側事業者にとって必要な事業だけを入手でき、買収のリスクを最小化できます。

また、市場でのシェアの拡大や、新市場への参入、新規事業の導入などを行う場合、情報やノウハウなどの経営資源を入手し、事業の体制を整える時間が必要です。事業譲渡ですでに展開されている事業を入手すれば必要な経営資源や事業体制を短期間で入手できるため、ビジネスチャンスを逸することなく収益化が実現できます。

さらに事業譲渡は、買い手側事業者が支払う事業の買収価格が買収する事業の純資産価格を上回るケースが多く、その差額は5年間償却を行いながら損金として処理できるため、節税効果が生まれます。

事業譲渡のデメリット

事業譲渡を行うことで、売り手側事業者には「利害関係者との調整や売却後の事業への制約が生じる」など、買い手側事業者には「買収後の事業の展開に対する新たな対応や資金流出」などのデメリットが生じる恐れがあります。

売り手のデメリット

売り手側事業者には、以下のようなデメリットが生じる恐れがあります。

・従業員や取引先からの理解を得る必要がある
・一定期間、競業が禁止される
・譲渡益が発生した場合は課税される
・契約や登記移転などの手続きが必要である

事業の売却後に買い手側事業者が事業を円滑に遂行できるように、対象事業での取引先や対象事業で雇用する従業員に対しては、事業会社が変わることへの理解を得る必要があります。

また、事業譲渡を行った場合、売り手側事業者は、譲渡した後20年間、譲渡対象事業と同一の事業を、同一の市区町村や隣接した市区町村で行うことができなくなるという、会社法上の制約が生まれます。

さらに、事業譲渡による売却価格が対象事業の純資産価格を上回ることで売却益が生じた場合、税金の支払いが必要です。

事業譲渡に関する、買い手側事業者との間の契約締結や登記移転などの手続きも大きな負担となりうるでしょう。

買い手のデメリット

買い手側事業者にも、以下のようなデメリットが生じる恐れがあります。

・従業員や取引先との間で個別に契約を結びなおす必要がある
・許認可を自動的に引き継げないことが多い
・まとまった資金が必要である
・契約や登記移転などの手続きが必要である

買収後に事業を円滑に展開できるように、対象事業に関係する取引先との取引契約や、対象事業で雇用されていた従業員との間での雇用契約を新たに締結しなおす必要があります。

また、対象事業が国や都道府県などの許認可事業であった場合、許認可そのものを自動的に引き継げないケースが多く、そのような場合は、新たに許認可を取り直す必要があります。

さらに、買収のためのまとまった資金が必要であるため、財務上の負担も大きくなります。買い手側事業者にとっても、契約締結や登記移転などの手続きは大きな負担となるでしょう。

事業譲渡の2つの注意点

事業譲渡を行う場合は、労働者の保護に細心の注意を払う必要があります。

従業員を解雇する場合は労働法に沿って行う

事業譲渡を行う際、人員の最適化が必要で、特定の従業員を解雇せざるを得ないことがあります。その場合には、労働法を遵守した対応が必要です。

配置転換を検討するなど解雇を回避するため最大限に努力を行い、解雇を行う場合でも、合理的な人選を行った上で対象者への説明を尽くし、30日間の予告期間を設けた上で解雇する必要があります。

契約承継のため取引先や従業員の個別承諾を得る

事業譲渡を行う場合、取引先との取引関係や、売り手側事業者が雇用していた従業員の一部の雇用が、買い手側事業者のもとに移動します。

取引先との取引条件や労働者との労働条件は既存の内容を維持することが原則ですが、労働条件に関しては、対象となる従業員一人ひとりとの間で、個別に同意を得た上で内容を決定する必要があります。

事業譲渡の手順

事業譲渡を行う際の手続きを順番に解説します。

1.買い手の候補を複数選定する

売り手側事業者が取締役会を開催し、全取締役の過半数以上の承認を得た上で、事業譲渡の検討を決定し、買い手側事業者に関する情報収集と内容精査を行います。

情報収集と内容精査は企業単独で行うことは難しいため、M&A仲介会社などの専門事業者に相談することが一般的です。

専門事業者は、売り手側の希望と合致する買い手側候補事業者を選定し、企業名は伏せた状態で、売り手側の業種や事業規模、売上水準、売却理由などの情報を買い手側候補事業者に提供します。

2.NDA(機密保持契約)を締結し情報交換を行う

買い手側候補事業者が事業買収を前提とした検討を決定した場合、売り手側は、買い手側候補事業者との間で秘密保持契約を締結し、詳細な企業情報を買い手側候補事業者に提供します。提供する情報は、事業内容や得意先、財務の状況、社内の組織、事業の強みや弱みなど、多岐に渡ります。

これらの情報をもとに、買い手側候補事業者は既存事業との間の相乗効果や今後の事業に対するメリット、リスクの有無などを確認し、正式に交渉を行うかどうか決定します。

このとき、双方の信頼関係を構築するために、経営者同士が面談した上で、経営に関する理念や方針、企業文化などに関して大幅な乖離がないことを確認し合うことが一般的です。

3.買い手を決定し、意向表明書を提出する

買い手側候補事業者が事業買収の意向を固めたら、そのことを書面(意向表明書)で表明します。

意向表明書には、事業買収に対する正式な意向とともに、買収後の事業形態や買収希望価格、実施スケジュール、事業買収にかかわる費用負担の考え方などを記すことが一般的です。

売り手側事業者は、複数の候補から買収の意向を表明されている場合、交渉相手を一社に絞り込みます。

4.基本合意書を締結する

売り手側事業者と買い手側事業者の意向が合致した段階で、事業譲渡に関する基本合意契約を取り交わします。

基本合意書とは、事業譲渡が行われることを前提として、今までの交渉で合意した内容を取りまとめたものです。事業譲渡の条件や譲渡契約締結前の売り手側事業者に対する調査、事業譲渡に関する独占交渉権の付与や、実施スケジュールなどについて記載されます。

5.買収前監査(デューデリジェンス)を行い、事 業譲渡契約書の締結を行う

買い手側事業者は、事業買収を正式に決定する前に、売り手側事業者の事業内容を綿密に調査します。これを「買収前監査(デューデリジェンス)」と呼びます。

デューデリジェンスは、財務状態や事業リスクに対して行うことが一般的です。
財務状態では、資産や負債などを確認し、簿外債務や債務保証などが存在しないかチェックします。
事業リスクに関しては、コンプライアンス違反や将来の訴訟リスク、ライセンス契約にかかわるリスクなど、事業買収を行った後の経営にリスクが存在しないかどうか確認します。
これらの確認は、専門的なノウハウや知識を有する弁護士、公認会計士などに依頼することが一般的です。

デューデリジェンスを実施して問題がないことが確認されたら、売り手側事業者と買い手側事業者との間で事業譲渡契約書を締結します。

その中で、譲渡日や譲渡財産、譲渡価格と支払方法、譲渡財産の引き渡し時期、従業員の取り扱いなど、事業譲渡に関する条件を明確にします。

6.事業譲渡に関する株主総会の決議を行う

事業譲渡の正式な実行のために、売り手側事業者は株主総会を開催し、特別決議による承認を得ます。特別決議とは、議決権の過半数以上を保有する株主が出席をした上で、出席株主の2/3以上の賛成を得る決議を指します。

7.事業譲渡を実行する

売り手側事業者の株主総会での承認が得られた後に、事業譲渡契約に基づいて、財産の引き渡しや代金の支払い、従業員の移動などが行われます。

この手続きでは、買収した事業に雇用されていた従業員に対する、丁寧な説明が重要です。経営者が変わることに不安を抱く従業員が多く、優秀な人材の流出を引き起こす恐れがあるためです。

事業買収後にどのような経営が行われるのか、従業員に対する処遇はどうなるのかなどの説明が必要です。

まとめ

企業が経営の効率性を高めることで、経営の安定化を図れます。それにより、企業体力が高まり、企業価値の向上へとつながっていきます。

事業譲渡は、それを実現させるための手段として、有力な選択肢の1つです。現在の自社事業の先行きに不安を感じている場合、取り得る一手として検討してみてもよいでしょう。

執筆者プロフィール:
大庭真一郎(中小企業診断士、社会保険労務士) 肩書:大庭経営労務相談所 代表 東京都出身。 東京理科大学卒業後、民間企業勤務を経て、1995年4月大庭経営労務相談所を設立。 「支援企業のペースで共に行動を」をモットーに、関西地区を中心として、企業に対する経営支援業務を展開。 支援実績多数。

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