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【セミナーレポート】プロフェッショナルとしての人事のあり方

 今後ますます企業の成長に対して重要なポジションを担う人事。今回は、グローバルに遅れをとっているといわれる日本の人事について、「グローバルで勝つための社員エンゲージメントと生産性」というテーマで、「人事資格認定機構」代表理事であり人事のプロフェッショナル、華園ふみ江氏にインタビューを行いました。


 ー自己紹介をお願いします。

 華園ふみ江と申します。これまでの経歴は、新卒で大手人材会社に入り、アメリカ勤務等を経て、外資系専門部門の立ち上げとマネジメントを行い、次に大手不動産日系企業に移りそこからオーストラリアに勤務しました。帰国後USCPA(米国公認会計士試験)に受かり、その後は外資系のスタートアップをはじめ急速成長する大手グローバル企業でファイナンスを中心にIT・法務・人事を含めたマネジメントを行ってきました。2018年から2019年にかけては、厚生労働省の「包括的職業能力評価制度整備委員会」委員を務め、2020年10月からは経済産業省「コロナ支援対策」にファイナンス専門家として参加しています。

 2020年10月に、米国の世界最大の人事プロフェッショナル組織であるシャーム(:Society for Human Resource Management)と日本で初めて公認パートナーの契約を締結し、2020年11月に一般財団法人「人事資格認定機構」を設立し、代表理事に就任しました。その他、ASTAR LLP President&CEOを務めています。


「日本の人事を盛り上げたい」

  ー人事資格認定機構について、紹介をお願いします

 「人事資格認定機構」では、「世界基準の人事教育と資格を日本に!」をミッションとして世界に通用するグローバル人事プロフェッショナル育成のための教育・資格・認定・啓蒙活動を行っています。

 私は「日本の人事を盛り上げたい」「日本のプレゼンスがビジネス界全体でも下がっているので、どうにか日本のプレゼンスを高めたい」という大きな夢があり、「日本の人事に世界基準の理解を浸透させたい」と思っていました。そこで、先述のシャームと2018年から2年間かけて交渉をした結果、日本に誘致することに成功しました。そして、2021年1月から世界で初めての英語以外の言語として日本語化した人事の基礎のトレーニングプログラム、そしてシャームのクレデンシャル資格を付与できる権利を付与されて、運営しています。

一般社団法人 人事資格認定機構:https://hr-ai.org/

SHRM :https://www.shrm.org/


そもそも人事の責任領域とはどこまでか?

ー人事が責任を持つ領域について、どのようにお考えですか?

 人事には3つの責任領域があります。それは、「管理的」「運用的」「戦略的」責任です。

 「管理的」責任には、給与計算・入退社の手続きなどが挙げられます。「運用的」責任の主な業務は採用活動です。世界ではTalent War(人財獲得戦争)と呼ばれるくらい、優秀な人財を全世界が取り合っている状況です。日本のマーケットの中でも運用的な責任領域は注目されており、多くの企業で積極的に対応していると思います。「管理的」「運用的」という部分は、HRテック(テクノロジーを活用して人事業務を効率化するソリューション)やAIが日本でも活用されるようになってきました。このようなテクノロジー・DXによって、今後は人手をあまり介さず運用できる部分だと思います。

 「戦略的」責任については、シャームでは10年程前から積極的に提唱しており、日本が出遅れてしまっている、これから頑張っていく必要のある部分です。前述の通り日本でも人事の「管理的」「運用的」責任領域は今後従事する人が減っていくことでしょう。ですから今後は人事プロプロフェッショナルとしては、「戦略的」責任を担っていかないと、人事の現場での仕事は狭まっていってしまうでしょう。 


「人事の戦略」は、「人財フィロソフィー」から考える

 「人事の戦略」とは、新卒採用計画やその年のベアアップによる給与アップ、など個別の計画を指しているのではありません。「企業にとって必要な人財の照準をどこにもってくるのか」というもっと全体的な計画で、「人財フィロソフィー」といいます。これは後から述べる「人事哲学」の一端を担うものです。

 人事が主導して「人事の戦略」を「人財フィロソフィー」から経営層と考えていく、そしてそれを実際にどうやって行くかという「人事戦略」に落とし込み、戦略が落ちたら計画ができ、計画ができたらそれを実行します。そして、その計画が経営的に見てどのくらい実効性があったのかを数理的に分析し、それをまた経営に持って行き、改善点について話をします。「人事の戦略」は、「人財フィロソフィー」」から始まるこの一連の流れ、全てを指しています。


今の人事に必要な「KSA」

-今の人事には、どのようなスキルが求められますか?

 スキルも重要ですが、KSA(Knowledge:知識、Skill:スキル、Abilities:能力)全てが重要です。それも人事の「管理的」「運用的」「戦略的」全てを網羅できる包括的なKSAです。どれがより重要ということはなく、3つが組織の中で必要であり、全て機能している時、人事がうまくいっているということなのです。


-人事は会社の中でどのような立ち位置になるのでしょうか?

 会社には、まず組織のミッションがあり、そこから落とし込んだゴールがあります。ゴールを達成するための会社の資本として「ファイナンシャル・キャピタル(金融資本)」「ヒューマン・キャピタル(人的資本)」が存在します。そして、ファイナンシャル・キャピタルの責任者はCFO、ヒューマン・キャピタルの責任者はCHROです。そして、ミッションを司るのがC E Oの責任です。この主要な経営チームはG3と呼ばれ、グローバル組織で特に重要視されています。

 そのCHROを責任者とした人事のプロたちが、ヒューマン・キャピタルをうまく活用してゴールを達成していき、それによってミッションが達成されます。そのゴール達成に向けた「人事の戦略」を考えて実行していくことが、人事のミッションであり、立ち位置です。 


グローバルが見据えるゴールは短期 

-人事が見据えるべきゴール設定のポイントについて教えてください。

 私が経験した数社に関して、グローバルのゴールは非常に短い時間軸でアクションも短期です。私の実感としては、中期的とは6ヶ月です。日本企業では、中期的は3年といわれるので、日本の企業とグローバルの企業のスピード感は大きな差があります。


 グローバル企業は短期しかないのではなく、中長期で見ていること比率が非常に少なく、短期のゴールの割合が大きいということです。競争が激しく移り変わりの早い時代に、長期に重きを置いてしまうと負けてしまいます。3年5年という計画ももちろんありますが、それはあくまで短期の上に乗っているものであり、短期のゴールが変われば迅速に躊躇なく調整をします。つまり、「短期でいかに勝っていくか、勝ち続けるか」がゴール設定として重視されているのです。


人を評価するのではなく「パフォーマンス」を評価する 

 -人事評価も、同様に短サイクルで見られるのでしょうか?

 人を評価するのではなく「パフォーマンス」を評価するという前提があります。短期的な目標に向かってパフォーマンスを達成していく必要があり、評価のサイクルも必然的に短くなります。もちろん100%短期の目標達成率で評価されるのではなく、上のポジションに行けば行くほど、リーダーシップの能力・発揮度、全組織に対する貢献度等も数理で評価されます。しかし、大部分の各自の評価は、「短期の目標に向かってどれだけアチーブできるか」です。


まずは、「ミッション・ゴールありき」 

-日本の企業の目標の立て方について、どのような印象を持たれていますか?

 日本企業は、ミッション・ゴールに直結した計画が見えづらい印象があります。「なぜその戦略・戦術をやるのか」が組織やプロジェクトのミッション・ゴールと直結していません。ただ目の前の作業・やり方に集中してしまっているのが、日本企業の象徴的なビジネスの運び方だと思います。

 「言わなくてもわかるでしょ」というのがビジネスにも通じる日本文化の特徴だと思います。しかし、多様な人種・国籍が混ざり、何万人という規模でビジネスを動かそうとすると、それでは動きません。まずは、「ミッション・ゴールありき」で、それを簡潔に誰もが分かる言葉で明文化して伝える、さらにそこから戦術や戦略を作って伝えるというのが、マネジメントの重要な資質なのです。



世界の人事のトレンドとは?

 GAFAも力を入れるピープルアナリティクス

 人事の手法としては、ピープルアナリティクスがトレンドになっています。特にGAFA(Google・Apple・Facebook・Amazon)と呼ばれるアメリカのテクノロジー系の大手は、ピープルアナリティクスに非常に力を入れています。そもそも、ビッグデータを使って人の旨好や行動を分析するということがビジネスの根底にある企業なので、それを経営に対しても駆使することは自然な流れであり、得意分野です。ただ、それをどのように戦略に結び付けているかというノウハウは社外になかなか情報として出てきません。 ただ、G A F Aの様な世界有数の企業であっても、社員の幸福度・エンゲージメントを非常に重要視していることは確かです。

 シャームにはピープルアナリティクスという資格試験があり、技法を習得し資格を付与しています。とはいえ、アメリカ全体でピープルアナリティクスを実践・活用できているのは、全体の6%程度という統計も出おり、まだまだこれからの段階だといえるでしょう。

 日本はHRテックの導入に関しても遅れてしまっているので、そのような段階でいきなり「ピープルアナリティクスをやりましょう」といってもハードルが高すぎます。まず、日本では「人事の専門職化」を目指し、人事が「経営への参画」するところから進めていく必要があります。そのためにも、人事のKSAをより高めていくことが重要です。



 人事の専門用語を理解する重要性

-具体的に日本企業はどのような人事を目指すべきでしょうか?

 まず、取り組まなければならないのは、「人事の専門職化」です。アメリカでは既に、シャームの人事資格が浸透しています。マネージャー以上の役職の過半数以上が人事の資格を持っているという統計も出ており、大学から人事の学科があり、人事を学問として学び学位をとる方もいらっしゃいます。人事の専門知識無くしては人事プロとは言えません。

 人事の専門性は日本以外では当然のことなので、日本企業の人事も専門職であるというプロ意識を持つべきです。そして、プロとして人事の専門用語を確実に理解しておく必要があると思います。特に英語でビジネスをする環境にいる方は、人事の専門用語を、省略語だけでなくフル用語として知っておき、意味・定義をきちんと頭に入れて、必要に応じて会話や文書の中で使いこなせるようにしてください。

 なぜなら、専門用語は、その単語を知っている人にとっては、その一つの単語を言うだけで100語の流暢な英語で説明するよりも確実に理解できるためです。専門用語を瞬時に理解できるというのが、専門家・プロとしての重要なポイントです。


今のキーワードは「Empathy(共感)」、担い手は人事

-各時代を象徴するような、グローバルビジネスのキーワードはありますか?

 10年前、リーマンショック後の頃は「Accountability(説明責任)」と言われていました。5年前ごろからは、「Agility(機敏)」と言われていました。現在は「Empathy(共感)」です。

 では、組織の中でこれらのキーワードを担っている人が誰かという視点で考えてみます。リーマンショックは全世界を巻き込んだ金融危機でしたので、Accountabilityはファイナンス領域です。Agilityが盛んに言われていた5年前は、ビフォーコロナ・プリパンデミックの時代です。どんどん新しい商品をつくって、売って、儲けて、積極的に世界に出ていこうという時代で、主軸は営業領域でした。

 現在は、全世界がコロナ禍にあり、職場でも「もっと共感を持とう」となっています。この共感というのは、今の感情だけでなく、職場においても「人生・人そのものに共感しよう」「組織も共感をもっと大切にしよう」と盛んに言われています。このキーワードからみても、Empathy(共感)は人事が担っており、今の時代は人事が主役であるといえるでしょう。 

人事も必ず経営の場に座っているべき


 日本企業が取り組むべき人事とは?

 日本企業が取り組むべきなのは、人事が経営の場に参加する状況を作ることです。もちろんどの組織にもCFO・CIOがいらっしゃり、それぞれが戦略、数字を持って経営の席に座っています。それと同様、CHROも数字を持って経営の場に参加し、人事戦略については責任を持つことです。

 その次に、CHROも含めた人事一人ひとりの方のマインドセットです。これまでは、人事は管理する側・社員の方は管理される側でした。そうではなく、社員はカスタマーです。これから人財の流動性がさらに高まり、優秀な人財の獲得については既に戦争状態であることからも、社員はカスタマーであるという姿勢を持ち、社員の幸福度を高める努力をしていくことが、日本が取り組むべき人事だと思います。


-社員の幸福度は、企業の生産性に紐づくのでしょうか?

 私の実感として、社員の幸福度は企業の生産性にリンクしています。「社員の結びつきが強い」「幸福度が高い」「結束がいい」「コミュニケーションがうまくいっている」「部署や国を超えて風通しがいい」と感じる時、やはり会社の業績は良かったです。それは、プロとして「人」と「数字」の両方を見ているのでわかったことです。

 その部分を、ピープルアナリティクスでもっと紐づけていく必要があります。HRテックが導入されていれば、数字はたくさん持っているわけです。今は人事もさまざまなデータが見られるので、「どこを切り口にしてどういう分析をするか」をプロとして実践し、「どの数値が人のストーリーを語るのか」等をまとめていくことがとても重要になります。


数字は必ずトレンドで見る

 ぜひ今日から、自分の中でデータを紐づけて考えられるようにまとめ、レポーティングできるようにしてください。すでにできている方は、ぜひプロフェッショナルなソーシャルメディアに向けて発信していってもらいたいです。ノウレッジシェアをして、業界全体で人事の専門性を高めていきましょう。 

 プロとしてのワンポイントアドバイスは、「数字は必ずトレンドで見る」ということです。これだと思う切り口があれば、できる限りの年数のトレンドの移り変わりを見てみてください。それをビジネスの状況とあわせることで、人の行動は必ず数値化され数字から何かが見えてくるはずです。

日本らしさは大事に、会社の良さは人事が中心となりメッセージングを


人事が最初に取り組むべき事は?

-グローバル人事がうまくいくポイントは何でしょうか?

 ずばり、会社のミッション・カルチャーの日本らしさは大事にしましょう。それを全世界に浸透させるのが大切だと思います。何か一つ「うちの会社はここがいいところだ」というカルチャーを見極めて、それをポスターなどで文書化して、全世界の従業員が常にそれを意識できるようにしてください。ビジネス面で、これだけは絶対にいいという商品・サービスは既にあると思います。そうではなく、カルチャー面で「ミッションを体現しているところはここ」という魅力を経営層で見極め、浸透させるのです。

 日本企業がGAFAを目指す必要は全くありません。「自分たちはこういう会社で、こういう人財が欲しいです」という「人財フィロソフィ」のメッセージを、クリアに普遍的に全世界に出していくことが大切です。やり方などは改善の余地があれば変えるべきですが、会社の良さは大切にしてください。「明文化」「可視化」して伝えないと、ダイバーシティの現場では伝わりません。「みんなわかっているだろう」という前提ではなく、たとえわかっていることであっても、どんどんメッセージングしてください。

 世界には日本企業の良いところを学びたいと思っている方がたくさんいらっしゃいます。日本が発信しないので、それを見ることができないしお手本にすることもできません。ぜひ社内・社外に限らず、どんどんいいところをアピールしていってください。


ビックピクチャー、ビジョンありき 

 では、グローバルで勝つために最も重要な「ミッション・ビジョン・バリュー」を全世界の社員に浸透させる」のは誰なのでしょうか?それは人事です。ヒューマン・キャピタルのゴール、戦略、戦術の実行をつかさどるのは、人事なのです。これを念頭に入れて、人事を盛り上げていってください。 

 社内の役割でいえば、CEOはパッション・ロマンでビジネスを語れる人であり、ミッション・ゴールの部分の顔です。CFOは数字で経営を語れる人であり、ファイナンシャル・キャピタルを担っています。彼らと横並びで、CHROとは人で経営・ビジネスを語れる人であり、ヒューマン・キャピタルに責任を持つ立場なのです。 


-「人で経営・ビジネスを語れる」というのは、どういうことでしょうか?

 そもそもそれを考えるのがCHROです。例えば、「もっと社員の幸福度を上げよう」という目標を掲げたのあれば、それを数値としてどうやって測るのか、目標をどこに置くのか、全て考えるのがCHROであり、CHROをリーダーとした人事のプロたちです。


「人事哲学」「人事戦略「人事の数字」

-「これからの人事に必要なこと」は何でしょうか?

 これからの人事に必要なことは、「人事哲学」「人事戦略」「人事の数字」の3つです。「人事哲学」とは、どんな人財を組織に迎え入れて、どんな人財に組織にいてもらって、どんな人財に組織で活躍してもらうのかということを、突き詰めて本質的に考えることです。それを実行するために行うのが「人事戦略」、それを測るもの、数値で表すものが「人事の数字」です。


-最後に、皆さんにメッセージをお願いします。 

 「人事はカッコイイ」となる時代がもうすぐきています。カッコイイ人事を目指して一緒に頑張りましょう。

-ありがとうございました。