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【セミナーレポート】社会人にも必要なモンテッソーリ教育

 企業の重要な課題の1つである人材開発。今回は、幼児教育において注目を集める「モンテッソーリ」を社会人向けに転用する意義について、JRの運転士など多様な経歴を経て、ビジネスコンサルタントとモンテッソーリスクールの運営を行うShine株式会社の佐治公敏氏をゲストにお迎えし、インタビューを行いました。


 ー自己紹介をお願いします。

 佐治公敏と申します。私は、JR東海をスタートとして、楽天、ぴあ、ブロードリーフ、愛知に戻ってきてからは自動車関係のテックカンパニーのAZAPA執行役員を経て2016年にShine株式会社(当時は合同会社)を立ち上げ、代表をしています。

 現在は、名古屋でGrowba®モンテッソーリスクールというモンテッソーリの専用教室を構え、約50名の生徒さんに教育を行っています。 

※Growba®モンテッソーリスクール https://www.growba.jp/




「子どもの観察」からはじまったモンテッソーリ教育

  ーそもそもモンテッソーリ教育とはどのようなものなのでしょうか?

 モンテッソーリ教育とは、イタリア発の女性医師(精神科医)であり教育学者でもあるマリア・モンテッソーリ(1870-1952)が障碍者教育の中で「子どもの観察」から真の子どもの姿を発見し、40代になってから立ち上げた教育法です。

 モンテッソーリ教育というと、ピンクタワーなど「モンテッソーリ教具」を使うイメージがあると思います。しかし、マリア・モンテッソーリが立ち上げた当時は、教具はありませんでした。

 2歳の障害児が床に落ちたパンくずを拾って食べたのを見て気づいた教育法で、道具を使ってどうやって発展させていこうか考えフランスの医師セガンに依頼して作ってもらったのがモンテッソーリ教具です。



「子どもが主体的に、自分で選んで行う」活動

 ーなぜいま、モンテッソーリ教育は注目されているのでしょうか? 

 モンテッソーリ教育は、自由教育です。

 子どもが主体的に活動し、「子どもが最初に選ぶ」「片付ける」サイクルを回していきます。つまり子ども自身が、自分のやりたいことを深めることができるのです。

 幼児教育には、ある時間はこれをやるというのが決まっているものと、モンテッソーリのように子どもが自分で選んで自分で活動するものの二通りあります。

 前者は、集中していても途中で中断しなければならないことがあります。一方でモンテッソーリ教育のように一つのことをきっちり深めていく方法は、子どもの満足感が高くなります。




スクールの子どもが騒がない理由

ー「自由教育」ではスクールの時間割は決まっていないのですか? 

 60分、90分という時間は決まっていますが、その中で何をするかは子どもが自由に選びます。そのため、前回やったことを続けてやる子もいれば、先生が紹介した新しいものを触ってみたいという子もいます。

 このように、個人がやりたいことを「ばらばらに」「静かに」取り組むのが、モンテッソーリの特徴です。幼児は騒ぐことが多いと思いますが、大声を出している子はいません。

 それはしつけではなく、自分がやりたいことに集中しているので、大人の用語でいう「フロー現象」状態になっているということです。

 Amazonのジェフ・ベゾスが小さいころモンテッソーリ園で、ある仕事に集中しすぎてしまい時間になっても終わらなかったので椅子と机ごとちがうところに移動してやっていたという逸話が残っています。だからこそ彼は、成功者になれたのかもしれませんね。 


先生の役割は邪魔をしないこと

ー先生(見守る人)の役割を教えてください。

 子どもの邪魔をしないことです。集中していたら、声かけもしません。そして、モンテッソーリでは子ども自身が始まりと終わりを決めます。大人の役割は、子どもが興味を持ったことに取り組ませること、そして子どもが面白いと感じる素材を用意することです。

 例えば、大人からすれば幼児は知育玩具を触ってほしいのですが、実際に子どもが触るのはビニール袋やiPhoneのケーブル、床のマットの端っこなどです。

 これらの行為は、私たちプロから見ると子どもの発達に必要なことですが、親はそうは思いませんよね。この場合「ひっぱること」が子どもの発達課題なのです。その発達課題に気付いてあげることが大切です。

ー「発達課題」というのはどういうことですか?

 子どもは動作の中から発達をしていきます。やりたい動作、興味を持ったことが発達課題です。そのため、この興味を持ったことに取り組ませる、本当にやりたいと思ったことを続けさせることが大切です。

 発達課題が危ない動作である場合、例えば2歳児くらいの子どもがものを投げる場合は、投げることをやめさせるのではなく、お手玉など投げてもいいものを与えて続けさせましょう。


「非認知能力」、グリットと呼ばれるやりぬく能力を育てる

ーモンテッソーリ教育が注目されている背景として、IQの時代から「非認知能力」の時代に入ったことが挙げられていますが、具体的にはどういうことでしょうか?

 「非認知能力」とは、がまん強さや、グリットと呼ばれるやりぬく能力です。グリットを育てるのはビジネスにおいても課題であり、粘り強く最後まであきらめずにできる力というのは、最終的には成功を導く大きなドライブになります。現在、企業が求めるのはグリットの高い人材です。 

 モンテッソーリ教育は自由教育なので、知能指数を伸ばすわけではありません。

 「非認知能力」というのは、大人が教えることでは育たず、子どもの内部にある欲求や発達させたいという意識からスタートしないと深まっていきません。モンテッソーリ教育は、非認知能力を伸ばす有効な手段の一つなのです。



ー教室では実際にどのように教育されているのでしょうか? 

 モンテッソーリの目的は、「自立して何でも自分でできる子ども」を育てることにあります。当たり前に感じるかもしれませんが、多くの人は意外とできていません。

 大人としては、どうしてもやって欲しくないことや子どもに対する願望もあります。そのため親御さんには、「子どもがやろうと思っていることを最大限自由にやらせてあげてください」「それを見守ってください」という話をします。


小さいミスこそが学び

ー声かけの仕方にポイントはありますか?

 逆に、「声がけはしないでください」とお伝えしています。

 大人は、子どもが集中しているときに「何してるの?」「それ違う」など口をはさみがちです。これが、子どもの発達の芽を摘んでしまいます。

 社会人も同様で、部下のミスを先回りしてやめさせる、というのでは良くありません。小さいミスをさせてあげることで、そこから転んで立ち上がった時に学習するのです。

  うまくいかなかった場合は、トライをしたことはプロセスとして承認してあげる必要があるので、「頑張ったね」と言ってあげます。それは子どもも社会人も同じです。

 社会人に対してモンテッソーリのアプローチをするなら、答えは教えずに「どうやったらうまくいったか自分で考えてみて」と、改善点を自分で見つけられるように促すのがいいと思います。 


「Teacher」ではなく「Director」

ーモンテッソーリ教育のエッセンスを教えてください。

 1つ目に、モンテッソーリの教師はTeacherとは呼ばずに、Director(意味:導く人・ガイド)と呼びます。

 Directorは教えず、横についてやり方を一度やってみて示します。そして子どもにやってみたいか聞いて「やってみたい」と言えば続けさせる、やらないなら大人が片付けます。

 これをやりなさいという指示はしません。子どもには自己教育力、つまり、子どもが自分で自分を成長させる力があると信じて、取り組むまで待ちます。

 2つ目は、仕事の始まりと終わりは大人が決めず、子どもが自分で決めます。

 3つ目は、モンテッソーリ教育というと専門の教具に目が行きがちですが、道具が重要なのではなく、本質は子どもに見方・考え方を教えることです。私たちのスクールでは、親御さんへの教育も行っています。

  企業でも、組織を強くする時や新人を教育する時に、何らかのガイドは必要です。モンテッソーリ教育であれば、教具がガイドになります。

 そして、ガイドを使ってやり方を覚える過程は、本人に任せた方がいいんです。細かいところまで指示をせず、自分で考える癖をつけていくのがいいでしょう。 


自分の仕事は会社全体のどこに位置しているのか?

ーモンテッソーリ教育のエッセンスを社会人向けに応用実践するためにはどうすればいいでしょうか? 

 社会人教育のモンテッソーリでは「コズミック教育」が一つのキーワードになると思います。コズミック教育とは「大と小」「部分と全体」はつながっている、ということを教えるモンテッソーリ小学校クラスの教育です。

 例えば、東京都足立区を示した図があり、それは東京都のどこどこに位置しています。では、東京都の中で23区はどこにある?日本の中では?世界の中では?地球は?太陽系は?銀河系は?という感じです。

 これによって、視野を広げると同時に部分としてつながっていることを子どもに認識させます。

  この視点を深めたり引いたりする力が、社会人、特に新人には有用だと思います。自分の仕事は会社全体のどこに位置していて、どうつながっているのかをしっかり認識させることで、やる気やモチベーションにつながります。そのベースとなるのが、モンテッソーリのコズミック教育です。

 楽天の三木谷社長も同じことを言っていて、大きい問題を小さい問題に分解する「因数分解の概念」として全く同じ考え方を説いています。



ー佐治さんご自身、楽天時代に感じた事はありますか?

 楽天は因数分解を徹底する会社なので、大きいものを小さい問題に分解してそれぞれにKPIを設定して追いかけないと、なかなかうまく問題解決に至りません。

 特にインターネットビジネスの場合は、KPIがはっきりしています。この要素をしっかりとウォッチすることで、それに従う要素をどう改善すればその数値が実現できるのかを徹底的に考えます。そこは徹底させた方がいいと感じました。


記憶ではなく経験として残り、全体と部分のつながりを意識できるようになる

ーコズミック教育を子どもに伝える時、具体的にどのようにアプローチするのでしょうか?

 バケツに墨汁を入れ、新聞紙を溶かし、黒い液体の中でチリが固まって宇宙になっていくというビックバンの様子を、実際にモノとして見せるところからスタートします。

 次に太陽系のソーラーシステムという教具を見せて、地球はここで、今ここにいるよ、という話をします。次に文化教育で使う地球儀、地図パズルを使って大から小に順に見せていきます。

  ビックバンを見せると、理科の実験みたいでみんな目を輝かせて見ますが、それを覚えているわけではありません。ただ経験として残り、世界はこうやってつながっているという意識ができます。

 全体と部分があるという概念もそこでできるのです。ただし、年表は幼児には難しいので、時間軸は入れません。


国際問題から、自分たちと世界の繋がりを学ぶ

  モンテッソーリでは国際問題についても考えさせます。世界で何が起こっているか、それが自分たちとどうつながるのか。例えば、単純に「ミャンマーという国があり首都はヤンゴンで」という話をするのではなく、「アウンサンスーチーという人が今捕まっていて」など、今の世の中で何が起こっていて、それが日本にどう影響するかという話をします。

 子どもの反応は、「へぇそうなんだ」という感じです。世界情勢と地球儀や地図を繋げて、立体的に勉強させるのがモンテッソーリです。単純に首都を覚えさせるのではなく、それももちろん大切ですが、それ以上に自分とのつながりを認識させます。

 「ニュースでこの顔みたことあるよね」というところから興味を引き出していきます。

  日本の教育では、世界と日本のつながりは中学一年生の地理からしか勉強しないそうです。それをモンテッソーリでは、年長の頃から行います。この点からも、日本の教育は遅れていると思いますね。


「プログラミング思考」で問題を因数分解し、複数の人間で解決する

ー社会人教育にモンテッソーリを導入するにはどうすればいいでしょうか?

 モンテッソーリのコズミック教育の考え方は、「全体と部分がどうつながっているのかを認識させること」と、「視点をフォーカスしたり引いたりすること」です。

 これは社会人教育の中では、「プログラミング思考」と呼ばれる領域に該当します。私の教室では、幼児にプログラミングも行っています。

問題が複雑化すれば、一つの問題を1度に1人で解決しようとすると大変なので、問題を小さく解決できるサイズの問題に因数分解して、それを複数の人間で知恵を持ち寄って解決のスピードを上げていきます。それを全体としてコーディネートする役割も重要です。

 最終的なゴールは大きな問題を解決することなので、それを部分的にボトムアップで課題を見つけ、その課題を解決していきます。ただし、全体の大きい部分との接続を常に意識しないと違う方向に向かう危険性もあり、コーディネータ―であるマネージャーの方が気を付けなければならない部分です。

 答えをマネージャーが知っているわけではないのが今の時代なので、みんなで答えを探していく、わかっている人がファクトを積み上げていくなど、色んな支え方があると思います。全員のスキルセットを有効活用するという考え方ですね。


絶対に解決しなければならない課題は何か?

ーコロナ禍において、中間管理職の大変さが増しています。リモートで部下の仕事が分からない中、マネージャーはどのようなディレクションをするべきでしょうか?

 例えば、大きい問題を小さい問題に分解するときに、もれなくダブりなしに分解するには分解すること自体に時間がかかることもあります。そうではなく、絶対に解決しなければならない部分を抽出して、いかにスピードをアップして解決するかが重要です。

 つまり、100%の解を求めるのではなく、60%でも70%でもいいので、そこを早く解決するというマインドセットに変えていく必要があります。これは企業文化にも直結します。

 例えば、私が以前いたJRは人の命がかかわっているので絶対に事故を起こしてはいけない、オペレーションは100%履行が求められます。

 JRほどではないという企業なら、100%を目指して時間をかけるより、いかに大部分の解をとらえて早く解決できるかを追求する方が好ましいでしょう。同時に、やりながら探索的に本質的な解を見つける必要があります。

 正解にすぐにたどり着くわけではないということを、企業側ももっと理解する必要があるでしょう。特に複雑な業務・イノベーティブな課題解決に取り組もうとする企業は、企業文化として減点主義だと難しくなってくると思います。


マネージャーの役割はボトムアップで得た知見をいかに次につなげるか

 今のマネージャーの役割はファシリテーターに近いです。

 特に複雑な業務をこなそうと思うと、オペレーションが一定になりません。そうすると、ボトムアップで得た知見をいかに次につなげるかが課題になってきます。

 つまり、マネージャーが部下と共にどうやって課題解決のスピードアップをするかが大切です。それを実現するためには、マネージャー自体がやり方をわかっていないという問題も十分にあり得るため、マネージャーに対する研修も手厚くする必要があります。

 日本人のように減点主義の教育で育つと、間違えたくない・間違えると昇進に響くという考え方になってしまいます。

 そうではなく、「大けがしない失敗はどんどんしてもいい」「結果的にスピードアップにつながるならいい」という考え方に切り替えていく必要があります。

 コロナの時代は特にそれが重要になってくると思います。


「教育のアップデート」を生涯テーマとしてトライしていきたい

ー最後に皆様に向けてコメントをお願いします。

 私がモンテッソーリに取り組み始めたきっかけは、自分の子どもができたのが一番大きな理由でした。

 今実際に取り組んでみて感じるのは、日本の教育が現在の社会人の在り方にも影響をしていて、教育がアップデートされないと社会もアップデートされないということです。

 我々はスクールに通っている子どもたちへの教育を通じて、微々たる力ですが、未来を担える人材を育てていきたいです。

 「教育のアップデート」が、社会的意義として大事な考え方だと思いますので、私の生涯テーマとしてトライしていきたいと考えています。

 日本は島国で資源もないので、投資するのはやはり人間です。人に投資しなければ社会が劣化するのは目に見えており、それは今の政治を見ても感じます。

 そこを担える人を作っていきたい、そのためには人にしっかり投資をして、今の社会観に合った正しい教育をしていく必要があります。子どもだけでなく、社会人の方にもモンテッソーリの考え方をとり入れていただき、国際的にも通用するようにアップデートしていきたいです。