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公務員をしながら怪異・妖怪本を35冊以上出版! 作家・在野研究者の朝里樹さんが今のスタイルに至るまで

会社の仕事に加え、自分の好きな仕事ができる環境が徐々に整ってきています。とはいえ、忙しさを考えると、なかなか一歩を踏み出しづらいもの。そのような中でも、好きなことを活躍している人もいます。

今回は、公務員をしながら妖怪・怪異専門の作家として活動する朝里樹さんに、二足のわらじ生活になったきっかけや両立させるために心がけていることなどを教えていただきました。

朝里樹(あさざと・いつき)
怪異妖怪愛好家・作家。1990年、北海道生まれ・在住。2014年、法政大学文学部(日本文学専攻)卒業。現在は公務員として働く傍ら、怪異・妖怪の収集・研究を在野で行う。著書に『日本現代怪異事典』、『日本現代怪異事典 副読本』、『世界現代怪異事典』、『日本怪異妖怪事典 北海道』(以上、笠間書院)、『日本のおかしな現代妖怪図鑑』、『歴史人物怪異談事典』(以上、幻冬舎)、『つい、見たくなる怪異な世界』(三笠書房)、『山の怪異大事典』(宝島社)、『21 世紀日本怪異ガイド100』(星海社)、『玉藻前アンソロジー 殺之巻』(文学通信)、『放課後ゆ〜れい部の事件ファイル』シリーズ(集英社)ほか。プロフィール写真は、裏逆さん(@sa6ka6sa6)の作品。

妖怪好きのルーツは水木しげる先生!

朝里さんは、妖怪や怪異のどのようなところに魅力を感じられているのでしょうか。

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朝里

噂や空想から生まれたものだからこそ、現実的な縛りがない。そんな自由なところに、夢やロマンを感じているんです。

でも、現代の都市伝説は陰謀論や犯罪との親和性が高いんです。そういうお話がメインになると、面白くないですね。現実離れしているところが魅力やロマンに繋がっているのだと思います。

それに妖怪って姿が「こういうもの」と確定していないものも多いんです。自由に姿を与えられるのも楽しいですよね。

最初に妖怪や怪奇に興味を持ったきっかけは何でしたか?

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朝里

幼稚園の頃、テレビで流れていたアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』から、妖怪が好きになりました。

もともと近代以前の妖怪しか興味がなかったのですが、小学生のときに映画『学校の怪談』シリーズが流行し、現代の妖怪や怪奇にも興味を持つようになりました。

高校生になってからも、妖怪を追いかけていたのですか?

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朝里

はい。その頃、家にパソコンがきたので、ネット上の怖い話にもさらに気軽に触れられるようになりました。

この頃から、妖怪だけでなく、現実の法則から外れた都市伝説なども好きになり、時代を問わずに調べるようになっていきましたね。

同人誌、そしてSNSでの繋がりが出版のきっかけに

純粋に妖怪や都市伝説が好きだったところから、どうやって今のような作家・在野の研究者(※)になっていったのでしょうか。

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※在野の研究者……大学などの研究機関に属さないままで研究を続ける、民間の研究者。

朝里

大学生になった頃からSNSが広がり、私もTwitterで妖怪が好きな人たちと繋がるようになりました。そういった人たちは自分たちの好きなものをテーマに同人誌を出していたんです。

それで、社会人になって、お金に少し余裕が出てきたのをきっかけに、自分でも同人誌を作るようになりました。

最初はどのような同人誌を作ったんですか?

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朝里

現代日本の怪奇現象を扱った事典です。これまで大正以前のものを扱った事典はありましたが、学校の怪談や都市伝説までを集めたものはありませんでした。そこで自分で作ることにしたのです。

最初に制作した同人誌『日本現代怪異事典』。その後、さまざまな新情報を追加し、笠間書院より出版。

事典となると、そもそも膨大な情報が必要ですよね。普段から研究した内容をストックされていたのでしょうか?

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朝里

もともと趣味で文章は書いていて。公開していなかったものの、継続的に情報は集め続けていたんです。

そんな最初の同人誌の反響はいかがでしたか?

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朝里

通販サイトに出したら、人気がでまして。さらにTwitterで知り合った友だちの一人が、國學院大學で民俗学の研究をされている飯倉義之先生の教え子だったことがきっかけで、先生とも繋がることができました。

しかも、個人的に50冊ほど作ってほしいと頼まれたのです。

専門でご研究をされている先生からご連絡が……!

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朝里

それで同人誌を送ったところ、國學院大學栃木短期大学で教鞭を執られている伊藤慎吾先生が笠間書院を紹介してくださり、本の出版に繋がったのです。

どんどんご縁がつながっていったんですね。

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朝里

「これまでになかったから、自分で作ろう」から始まったんですが、思っていた以上に話題になって……。それに、これまで現代の妖怪を集めた事典というのは存在しなかったことも、本が好評だった一因だと思います。本当に幸運が重なりました。

妖怪に触れているだけでテンションが上がる

朝里さんは公務員と作家の二足のわらじを履いていると伺いました。公務員でも副業OKなのですね。

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朝里

決まった勤務体系がないものでしたら、申請さえすれば副業できます。

実は同じ部署の人以外は、私が作家活動していることを知らないんですよ。知っている皆さんは温かく迎えてくれています。

昔は職場でのあだ名が「妖怪」だったくらいです(笑)。本を出すようになった今は「先生」と呼ばれるようになりましたね。

朝里さんをそのまま受け止めてくださっている雰囲気が伝わってきます。

2021年は事典3冊に小説4冊、2022年はすでに事典を2冊出版したことに加え、監修や翻訳もされていますよね。これまでに、35冊以上出版されたと伺いました。

かなりハイペースで活動されていますが、執筆はどのように進められているのでしょうか。

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朝里

基本的には公務員の仕事が終わった後か、平日に執筆しています。早く帰れた日は、だいたい調べたり、書いたりしています。

複数の仕事が同時に進むので、ここまでにこれくらい進めれば大丈夫かなという大体の目安は決めています。ただ、〆切近くになると、どうしても取捨選択は大切になりますね。

計画外の出来事などでスケジュールが遅れたときは、どのように調整されているのでしょうか。

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朝里

時間が限られているので、できるだけ計画的に進められるよう余裕のあるスケジュールを組むようにしていますね。例えば、意識して空白の日を作ったり。そうしたら、スケジュールが遅れたときは、その日を利用して溜まった仕事を進められますから。

明確な〆切がない場合、自分で〆切を決めて、早い順番に片付けていきます。「この日までにやらないと」と思うと気が引き締まりますよね。

かなりストイックですね……。リフレッシュはどうされているんですか?

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朝里

今はコロナ禍なので、あまり出かけたりはしないですね。息抜きをするときは、もう一つの趣味である映画を観ます。映画館へ行くこともあれば、執筆中に映画を流しっぱなしにすることもあります。

とはいえ、私は妖怪に触れているだけでテンションがあがるんです。そして、本が出たときは嬉しい。これから作る本を思い描いて仕事を進めていくことでモチベーションもあがるんです。自分の中で、作家業はむしろストレス発散に繋がっていますね。

水木しげる先生にならって睡眠を大切に

ちなみに、これまで並行してどれくらいの本を執筆されていたのでしょうか?

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朝里

最大5冊です。

5冊を同時に!? それは、専業の作家さんでもめちゃくちゃ大変な量なのでは……!

WORK MILL

朝里

あのスケジュールは、さすがに無理がありました……(笑)。5冊並行していたときは、さすがに睡眠時間が減ってしまい、公務員の仕事も、作家の仕事も、どちらもうまく進めることができなくなってしまいました。

それで今は、無理のないスケジュールを立てています。特に、ちゃんと寝るようにしていますね。水木しげる先生も睡眠は大切だと言っていますから。

どれだけ忙しくても、疲れたら寝る。睡眠時間を確保することも、仕事を長く続けられる秘訣なのだと思います。

ほかに、作家の仕事を続けるために大切にされていることはありますか?

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朝里

作家の仕事は楽しんでやることを心がけています。公務員の仕事は部署も変わるし、「私」より「公」が優先されるものです。

でも、執筆は「私」の延長線上にある。自分が好きなこと・趣味を仕事にしているからこそ、嫌いにならないように楽しんで取り組むようにしています。

なるほど。趣味が辛くなってしまったら、悲しいですもんね。

WORK MILL

朝里

だから、資料を読むときも、難しいものはあとまわしにして、まずは自分が興味を持てるものから手をつけています。とはいえ最初は難しい文献でも、調べているうちに面白くなるんですけどね。

公務員のお仕事は部署が変わったら、また副業申請をするのでしょうか。

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朝里

そうです。部署だけでなく、転勤もあるので、環境の変化に左右されるんです。でも、収入としても安定しています。作家の仕事は、不安定なので。

2022年6月には、市立小樽文学館にて「増殖する怪異―朝里樹の仕事展」も開催された。

2つの仕事があるから没頭できている

2つの仕事を掛け持つことで、朝里さんが感じられているメリットはありますか。

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朝里

2つの仕事から、別の収入があるのはメリットですね。

あと、これまで「この本は高いし……」と手が出せなかった資料を、作家仕事の経費という扱いで購入できるようになったのも大きいです。

読書好きにはたまらないメリットですね。

WORK MILL

朝里

そうなんです。買った後は、もちろん仕事につなげられますし。

それに2つの仕事があるからこそ、それぞれに没頭できていると思うんです。

作家の仕事をしているときは、公務員の仕事を忘れることができます。たとえ昼間に何か辛いことがあっても、作家の仕事をしていたら現実逃避して楽しむことができるのがメリットです。どっちかだけだったら、難しかったと思います。

公務員の仕事で安定した収入を得られるから、作家に没頭できるし、作家の仕事でストレス発散できるから公務員の仕事を続けられています。

大学などで研究しようとは思われなかったのでしょうか。

WORK MILL

朝里

在野の研究者の方が好き勝手できるので(笑)。好きなものを好きなだけ取り組めることが魅力なんです。

それに在野の研究者同士のつながりもあるんです。みなさんの研究を読んで、自分の研究につなげたりして、楽しいんでいます。

これからの夢や目標はありますか?

WORK MILL

朝里

いつかは専業作家になりたいですね。それまでは、今の仕事と両立させながら、体を壊さないように進めていきたいです。バランスを崩したら、周りに迷惑を掛けてしまうので、気をつけたいですね。

ご縁がつながる道のり、素敵でした。

WORK MILL

朝里

本当にありがたいことです。同人誌が人に認められたことと、SNSで繋がった仲間によってさらに広がったことが、作家への道へと繋がったと感じています。

まず同人誌を作るという一歩が大きなきっかけになったので、もし「何か好きなことに値段を付けて商品として売ること」を試してみるといいのではないでしょうか。

アウトプットして値段をつけることで、趣味ではなく仕事として取り組むきっかけに繋がると思いますよ。

最後に質問ですが、妖怪って現代の会社にもいるとされているんですか?

WORK MILL

朝里

そうですね。家に出ると言われている「座敷わらし」ならぬ、「オフィスわらし」がいるという話はありますね。いてくれると、会社の業績がよくなるんだとか。

業績をよくしてくれたら嬉しいですね……! 今日はありがとうございました!

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2022年9月取材

取材・執筆=ミノシマタカコ
編集=鬼頭佳代/ノオト