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大企業でもできないことがある――コミュニティ「100人カイギ」を始めた会社員を動かした“くすぶり”とは

フリーランス・パラレルキャリアの多様な暮らし方・働き方を、取材を通してご紹介する「働き方の挑戦者たち」
今回は、けもの道クリエイターの高嶋大介(たかしま だいすけ)さんのストーリーに迫ります。

けもの道クリエイター
これは「道なき道を進む者」「けもの道を創る者」の意味を持つ、高嶋さんオリジナルの肩書きなのだそうです。

高嶋さんがこう名乗るようになったのは、2020年12月のこと。「大企業に勤める普通の会社員」を長らく続けていた彼が、2017年に「大型コミュニティの創設者」「一般社団法人の代表理事」といった、パラレルなライフワークの選択を経て、ようやく「自分が何者か」が定義されたと言います。

「会社の中にいると、道なき道を作っても評価されないこともあります。例えるならば、主要な道路を作って“交通量”を増やしてこそ、初めて大企業では評価されることが多い。でも、私の性分はそうではなく、普通の人なら通らないような“けもの道”を作ることなんですよ」(高嶋)

高嶋さんが自分自身の特性を自覚し、“会社員の殻”を壊し始めたきっかけとは何だったのでしょうか。

大企業でもできないことがある。ライフミッション発見後、会社員の枠を超えて活動を開始

子どもの頃から「つくること」が好きだった高嶋さんは、大学時代に北海道で建築を学び、大手ゼネコンから社会人のキャリアをスタートさせます。

しかし、入社9年目のある日、「10年後の自分の仕事が想像できてしまって、急に仕事がつまらなくなってしまった」のだそう。そこで、高嶋さんはオフィスの空間デザインを手掛ける富士通グループの会社に転職します。

転職後の仕事が軌道に乗ってきた頃、富士通グループのデザイン会社(現富士通)へ異動することになりました。異動先の会社では、高嶋さんがこれまで携わってきた内装などの有形のデザインから領域が広がり、「働き方」「ビジョン」といった無形のデザインをするようになります。

デザインの対象物だけでなく、一緒に働く仲間も変わりました。異動当時は戸惑いや疎外感のようなものを感じていたと高嶋さんは言います。

あるとき、社内公募にあったインドの社会課題解決プロジェクトに参加することを決めます。最終的にプロジェクトは、収益化に課題があり失敗に終わってしまいます。

しかし、収穫はありました。それは、「社会課題」の捉え方でした。

日本から見れば社会課題ですが、現地の人はそもそも課題だとは思っていないという現実があったのです。現地で「これが課題だ」と押し付けることは自分のエゴではないか、という疑問が生じたのでした。

そこから、「社会課題とはそもそも何か?」「本当の課題解決とは?」「自分が解決すべき課題は?」といった考えを巡らせるようになったそうです。

インドでの社会貢献プロジェクト時の高嶋さん(右から2番目)

インドのプロジェクト終了後に高嶋さんが配属されたのは、人や地域、企業をつなぐ共創スペース「HAB-YU」の立ち上げプロジェクトでした。このHAB-YUの誕生が、高嶋さんの転機となります。

HAB-YUには全国各地からさまざまな人が集まってきました。高嶋さんはデザイナーとしてワークショップの企画・運営を担当。インドでデザイン思考を繰り返してきた経験を活かし、ファシリテーターとして、クライアントのワークスタイル変革、新規事業創出、地域の活性化など、あらゆる「共創」を手がけました。

この仕事を通じて、高嶋さんは外部の人々と接点を持つことができたのです。

「私がいい意味で壊れ出したのは、HAB-YUができてから。HAB-YUを運営し始めるまでは、本当に普通の会社員だったと思います」と高嶋さんは笑顔で振り返ります。

HAB-YUでは、試してみたいビジネスや、形にしてみたいアイディアはすぐ実験できました。「何か新しいことをやりたい。面白いことをしたい」とくすぶっていたものが、ここで爆発します。

「それまで『会社員』というものは、与えられた場所で、与えられたミッションを、120%のクオリティでこなす存在であると思っていました。
しかし、会社の外に出てみたら、さまざまな人が、本当に多様な活動をしていたんですね。試しに自分も好きなことをやってみたら、怒られることなく、むしろ喜んでもらえた。こんなに自由にしていいのか、と驚きました。
この体験を経て、自分はこれまで会社という“箱の中”で満足して、思考停止状態に陥っていたのだと気づきました。と同時に、私と同じように思考停止になっている人がいるんじゃないか、とハッとしました」

働く人たちの意識変革をしていかなければならない。それが今の日本の社会課題なのではないかーー。高嶋さんのライフミッションが生まれた瞬間でした。

「会社員の意識変革」というミッションを見つけた高嶋さんは「HAB-YUだけでは、本当に変えたい人まで届かない」と思い至り、社外で活動を始めます。そこで誕生したのが、「100人カイギ」でした。

仲間の離脱から始まった「100人カイギ」は80地域にまで拡散

「私が変わることができたのは、HAB-YUで社外の人とたくさん出会い、多様な考え方を知ったから。だから、会社員の意識を変えるために外の人の話をたくさん聞くことのできる出会う場を作ろうと考え、『100人カイギ』というコミュニティ活動を企画することにしました」

この「100人カイギ」は、街で働く100人を起点に、人と人とをゆるやかにつなぎ、都市のあり方や価値の再発見を目的として立ち上がり、2016年1月、東京都港区からスタートしました。

「100人カイギ」にはユニークなルールがあります。1回につき登壇者を5人呼び、計20回開催。登壇者が100人に達したらコミュニティは解散。長く続くコミュニティだと常連客のグループが作られ、新規の人が入りにくい要因にもなります。あらかじめ解散する方針があればこの問題は解消され、参加者のモチベーションも上げられると考えたからです。

また、登壇者は著名人ではなく、その地域にある会社に勤める人や地域の住人など身近な人であることも特徴的です。

初めは港区にまつわるゲストを集めて始まった「100人カイギ」も、今では全国80地域で開かれるようになりました。

このコミュニティを軌道に乗せるまで、最初かなり苦労したと高嶋さんは話します。

まだ港区100人カイギが始まって半分に差し掛かった頃、イベント運営に長けたメンバーが辞めてしまい、運営者は高嶋さん一人になったこともあるそうです。

苦境に陥った高嶋さんは、「私ができることは、ファシリテーションだ」と考え、それを生かした運営をしていこうと思い至ります。どのように場とコミュニケーションをデザインすればよいか、どうしたら来てくれる人が喜んでくれるのか……。HAB-YUでワークショップを繰り返していたので、対話の場づくりに関しては相当なノウハウを持っていたことが生かされたのでした。

集客だけでなく、登壇者や協力者集めにも苦労したと言います。

「登壇者集めに関しては、人と会ったらまず名刺をみて、名前じゃなくて港区かどうかを見るほど必死でした(笑)。協力者に関しては、解散までの20回開催の間にリピート参加してくださる方の中で仲良くなった人に、運営を手伝ってくれないかと声をかけ、どんどん人を巻き込んでいくようにしました」

参加者が登壇者になり、登壇者が運営者になることもよくあるとか。こうして人の輪が少しずつ広がり、開催地域は全国にまで広がりました。

「港区100人カイギ」最終回の様子

「副業がしたい」と人事に直訴 

現在高嶋さんは、HAB-YUで出会った仲間とともに作った、“戦略型組織デザインファーム”一般社団法人INTO THE FABRIC(以下「ITF」)にて、代表理事を務めています。「100人カイギ」の運営もここで行っています。VUCA時代と言われる不確実性が高い現代において、織物(ファブリック)が縦糸と横糸で構成されているように、人と組織、社会とのゆるやかなつながりを創る組織として活動しています。

法人化する前は有志団体として「個人の変革」を目的としたワークショップを開催していました。
「ライフミッションは見つかったけれど、100人カイギだけでも、富士通に勤めているだけでも実現できない。じゃあどうするか。ミッションを諦めるのではなく、諦めない方法を考えた結果が法人化でした。有志団体の仲間に私の気持ちを伝え『よかったらジョインしてくれないか』と相談したら、みんな手伝うよって言ってくれて。会社設立を決めました」

しかし、当時富士通は副業の制度がありませんでした。起業の決意に伴い、富士通を辞める覚悟で人事部に「副業ができないか」と相談したそうです。

すると、「そんな面白いことを考えてるのであれば、絶対にやったほうがいいよ」と人事に後押しされ、拍子抜けしたとか。

現在も「100人カイギ」とITFの代表を務めながら、“会社員”も続けている高嶋さん。会社勤めを“本業”と称しながらも、彼のアイデンティティの置き所は「“本業”にはない」と言います。

「私のアイデンティティは今、『100人カイギ』とITFにあります。これらの活動を通じて、本業の高嶋大介ではなく、本業の外にいる、個人としての高嶋大介に注目いただいていると実感しているからです」

アイデンティティの中心が会社以外に置かれている中で、会社員を続ける理由は何なのでしょうか。

「それはやっぱり、投資額の大きいダイナミックなビジネスができるからですね。ITFでは個人を変えるために奮闘し、本業ではパワフルに社会を変えていく。それぞれのビジネスの面白さを同時に楽しむために会社員も続けています」

かつて抱いていた高嶋さんの「会社員は一生、1社で勤め上げるもの」との考えはガラリと変わりました。会社員としての生活は、社外の活動にもいい影響を与えているようです。

ITFが開催したワークショップの様子

生き方はみんな「パラレル」 もっと欲張りになろう

高嶋さんはさらなるスキルアップとして、マーケティングを学ぶために昨年から大学院に通っています。ただでさえパラレルで活発に動き回る日々であるのに、なぜそんなに活動的に動いているのですか?と尋ねると、「みんなパラレルでしょ? 」と高嶋さん。

常に物事はパラレルで動いていると思っています。会社で働いていれば、プロジェクトが複数走っているのは普通ですよね。プライベートでは家庭もあり、趣味もあるはずです。私はたまたま、やりたいことがITFと、『100人カイギ』と、大学院なだけ。環境が違うだけなんです。
しかも私の場合は、ITFと『100人カイギ』は、仕事と呼ぶべきかは正直悩ましいものです。『会社員の意識変革』というライフミッションを持った上での活動なので、仕事というよりは自分の生き方、ライフワークだと思っています。勤めている場所、活動している場所が複数あるからパラレル、というわけではない。線引きする必要はないんじゃないかな

すでに自分もパラレルだと考えれば、新しい挑戦に尻込みする理由はなくなるはず。自分の好きなこと、やりたいことにストッパーをかける必要はなさそうです。

反対に、「欲張りになりすぎては全部を満足にこなせないのではないか」と不安に思う人もいるかもしれません。高嶋さんは「だからこそ仲間が必要なんです」と助言します。

「常にしていることは“バランスを取ること”です。今年は本業が忙しくて、私のリソースの8割が使われています。去年は5割だったので、そのぶん大学院に時間を使っていました。この2つの比重が大きいので、最近はITFや『100人カイギ』に使う時間が減っています。
このように、タイミングごとの自分のキャパシティを踏まえて、時間配分をしています。全部を一人で100%やろうなんて考えなくていいと思っています」

自分にはできないことがあると割り切ってしまう。できないことは人の手を借りる。肩の力を抜くことが、叶えたいライフスタイルへの近道なのかもしれません。

(著者プロフィール)
永瀬もなみ(ながせ・もなみ)
広報PR出身のフリーライター。2015年に串カツ田中の社長秘書として入社。社長のメディア対応が増えていくにつれ広報の面白さを知り、本格的に広報機能を立ち上げる。IPOや危機管理対応なども含め広報業全般に従事後、2019年フリーランスとして独立。プレスリリースをはじめとする記事制作を中心に、PR企画立案やブランド戦略まで幅広く支援。マルチポテンシャライトで、現在の個人研究分野は死生観、脳科学、美意識など。 Facebook:https://www.facebook.com/monami.nagase


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