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副業・兼業を推奨する静岡銀行の「マイキャリア・デザイン制度」

制度として役職員の副業を解禁する企業が増えています。静岡銀行もその一つです。銀行らしからぬ施策と思えますが、その背景には役職員に「キャリア自律」を促す、という会社の思いがあります。また、それは結果的に、銀行にとってもプラスとなります。
休日の従業向け自己啓発セミナーとしてフリーランス協会のセミナーを実施した静岡銀行の狙いと、現れ始めた成果を聞きました。

多様な働き方を許容していく
という雰囲気が根付き始めている


静岡銀行のマイキャリア・デザイン制度は、銀行グループ内外で多様な働き方を役職員に提供し、それぞれが考えるキャリアの実現を支援することを目的に、2020年からスタートしました。そのメニューの一つとして、副業・兼業の推奨を加えたことは、銀行としては画期的なことでしょう。

静岡銀行提供資料

具体的には、所定時間外に銀行グループ外の企業で働く副業と、銀行の所定時間内に週1日程度希望する企業等で働く兼業で、基本的には入行3年目以上の役職員を対象にしています。

「副業・兼業が制度のメインであるわけではなく、あくまで自らのキャリアを描いていただくための一助、という位置付けです」。人事開発グループ(現・湖西支店兼新居支店長)の遠藤威さんは、このように説明します。
「例えば、マイキャリア・デザイン制度では、デジタル関係のスキルを磨きたければIT関連の企業に行くとか、週に何日という形での副業・兼業をすることもありますし、1-2年の出向という形態もあり得ます。一人ひとりの知見、キャリアの多様化と人脈を広げていくことが、企業の強みに生かされていくという認識のもとで、こうした機会を提供しています。」

この制度の活用により、兼業という形で6名が他社で仕事をし、11名が副業をしているといいます。そのほか、静銀グループ内での副業・兼業をする役職員が26名いるそうです。

役職員はこの制度を、どのように受け止めているのでしょうか。
「最初の頃は、副業・兼業による本来業務へのしわ寄せを懸念し、受け止め方としてはポジティブではなかったところもあると思います。ただ、実際に取り組む役職員が増えてきており、キャリアを自分で考えていく意義については浸透してきているように感じています」(同グループ・長田千鶴さん)

現場のマンパワーが減るという懸念は、まったくゼロというわけではなかったといいますが、人事から丁寧に説明を繰り返し、現場の理解を求めていきました。

その成果は、少しずつ現れ始めています。
「特にグループ内での副業・兼業においては、お客様から出た課題に対して、〝この課題ならこの人につないでいけば〟という形で、ソリューションの幅が広がっています。そのように生産性が上がり、付加価値が高まるといった体感を得ることで、受け止める素地ができつつあることが今の状態だと思います」(遠藤さん)

また、現場の状況について、同グループの鈴木悠貴さんはこのように述べます。
「私が以前所属していた支店では、マネジャーが1人、兼業で週1日いなかったのですが、育児している時短勤務の人と同じ感覚でしたね。ご本人も〝支店で協力してもらっているから自分は外へ新たな知の探索に行ける〟と言っていました。支店によって、多少の色の違いはあるかもしれませんが、企業全体として、いろいろな働き方を許容していく雰囲気が根付き始めていると感じます」

自分自身のWILLを起点として
キャリア自律を考え、新しいスキルを身につける


保守派の代表とも言える銀行において、なぜ、このような制度が実現したのでしょうか。そこには将来に向けての危機感がありました。

「預金と貸出金の利ざやで収益を上げるという金融機関の伝統的なビジネスモデルを通じた持続的な成長は難しくなってきました。地域金融機関として、お客様のパートナーとして認識いただくためには、〝金融+α〟の多様なスキルが必要な時代になっています。そこで役職員にも、自分自身のWILLを起点として、キャリア自律を考えながら新しいスキルも身につけてほしい。そのために、制度をフルに活用してほしい、と考えています」(遠藤さん)

この図は以下の文献より引用し、一部加工しています。
(出典:安宅和仁「シンニホン―AI×データ時代における日本の再生と人材育成―」 NewPicksパブリッシング、2020年2月、452ページ)

静岡銀行では、2015年から「10年委員会」という組織横断的なチームを作り、10年先の静岡銀行の仕事、役職員の幸せややりがいについてボトムアップで議論してきました。当時は上意下達の風土が残っていましたが、ここでの意見が経営にも着実に広がり、マイキャリア・デザイン制度も反映されています。

副業・兼業の推進に先立って、2020年3月からは外部からの副業者の受け入れも行なっています。
「人事制度でOKR※を導入する際、先行して導入していたメルカリの社員の方(静岡県出身)に副業という形で来ていただきました。副業なので時間は限られていましたが、ディスカッションの質がすごく変わりました。また、SNSを使った採用活動も始めましたが、やはりその方のデジタルマーケティングの知見に基づいたアドバイスが効いています」(遠藤さん)

※OKRとは「Objectives and Key Results」の略称で、「達成目標(Objectives)」と、目標の達成度を測る「主要な成果(Key Results)」を設定することによって企業やチーム、個人が、全力で同じ重要課題に取り組めるようになる目標管理手法。インテルやGoogleなど有名企業が導入したことで注目されている。

役職員に銀行の外部で経験を積ませ、社外の人財も受け入れる。2つのベクトルでの人的な交流により、個人としても組織としても、これまでにはなかった知見やスキルを得る有効な手段となると期待しています。正解がない時代に企業がアジャストし、変化していくためには、このような役職員の働き方への支援が最も効果が高い、ということなのでしょう。

間杉俊彦
1961年 東京都生まれ。1986年 早稲田大学第一文学部文芸専修卒業、ダイヤモンド社入社。週刊ダイヤモンド編集部に配属され、以後、記者として流通、家電、化学・医薬品、運輸サービスなどの各業界を担当。2000年 週刊ダイヤモンド副編集長、2006年 人材開発編集部副部長を経て、ライターとなる。著書に『だから若手が辞めていく』(ダイヤモンド社刊)。

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