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コロナ禍で取り組むべき「メンバーシップ型雇用の修正」― ビジネスリサーチラボ・伊達洋駆さん

人事領域でアカデミックリサーチをコンセプトに組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供する、株式会社ビジネスリサーチラボの伊達洋駆さんに話を伺っています。

前半では、従来の日本社会や企業が抱えていた問題点や、メンバーシップ型・ジョブ型の特徴や課題について言及いただきました。

では実際に企業はどのようなアクションを取ればいいのでしょうか?施策に対する考え方のポイントや、今後オフィスが担うべき役割などを伺います。

大きな改革は慎重に。現実的な施策に少しずつ取り組む

WORK MILL:コロナ禍が長期化していますが、今の企業はさらに大きく改革する必要はあるのでしょうか?

ー 伊達洋駆(だて・ようく)
株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役。神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。修士(経営学)。同研究科在籍中、2009年にLLPビジネスリサーチラボを、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。著書に『オンライン採用:新時代と自社にフィットした人材の求め方』(日本能率協会マネジメントセンター)

伊達:初めに私としては、今取りざたされているほど、「対面ではうまくいっていたにもかかわらず、テレワークになったことで職場が崩壊した」とは考えていません。そもそも「対面の方が良かった」というのは本当なんでしょうか。

かつて当たり前であった対面の状況を“正しいもの”ととらえ、それに対して憧れを持つ。「コーヒーとビスケットの神話」と呼ばれるものを思い出さずにはいられません。コーヒーとビスケットを机に置いて向かい合って話せば、物事はうまくいくという信念です。

しかし、それは事実ではなく信念です。対面で仕事していたとき、仕事の役割が明確で、公平な評価がなされていたのでしょうか。職場における相互の調整は完ぺきに機能していたのでしょうか。冷静に振り返ると、「そうでもなかったな」と気づくかもしれません。

今は対面でのやり取りが失われたノスタルジーもあり、「あのときは良かった」と感じやすい。ただ現実問題、テレワークになって現場が完全にストップしたわけではありません。仕事は前に進んでいます。対面の状況でも、すべてがきちんと機能していたわけではない中、それでもやりくりしてきたんですね。テレワークでも同様です。

WORK MILL:それは安心しました。とはいえ組織の不和は調整する必要があると思いますが、どのような観点から方針を決めていけばいいのでしょうか。

伊達:テレワークの導入によって、自分の役割や評価、職場、雇用などに関して、企業や従業員が再考するようになったとすれば、ある意味でチャンスだといえます。ただ不和を解消する=目の前の問題に対処するだけではもったいない。

まずは、自分たちが立っていた働き方の土壌や雇用システムの特徴を改めて確認しましょう。その上で、変えるべき部分を見定めて、あくまで少しずつ変えること。短期間のうちに企業を大きく変えるのはリスクが伴います。

ジョブ型雇用のような旗印を立て、膨大なコストをかけて企業を変化させた結果、そのコストに見合うリターンを得られるのでしょうか。例えば職務を規定すること自体は有意義かもしれません。しかし、言葉はそこまで万能ではなく、未来は当然変化するので、完全な規定はつくれません。

また、人事権が企業に残ったり、職務と賃金等が紐付けられたりしていなければ、結局、企業主導で従業員に様々な仕事を担ってもらうことができます。要は、もとに戻るわけです。ジョブ型雇用の議論を見ていると、どうしても1990年代の成果主義の失敗を思い返してしまいます。「組織を変える」という投資に対するリターンがあるのかしっかり吟味すべきです。

WORK MILL:例えば役割を明確化したいとき、職務の定義を改める以外にどのような方法が考えられますか?

伊達:社内コミュニケーションの頻度や量が、役割の明確さに対して影響を与えます。例えばテレワークをしながらも「この内容でいいですか?」などと気軽に相談できる環境をつくるなどの方法があります。社内のすべての職務を記述するより効率的で、かつ、効果も高い。

メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への転換は、あまりに大きな変化です。それよりも、取り組み可能な施策を探して少しずつ改善していくのが現実的です。すなわち、メンバーシップ型雇用の中で地道な修正を行うべきだと、私は思います。

WORK MILL:そう考えると、今後日本がメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用に移行することは、起こりにくいということでしょうか?

伊達:今後ずっと起こらないと断言できるわけではありませんし、ジョブ型雇用の社会を否定するつもりもありませんが、本当の意味での雇用システムの転換は、そんなに簡単には実現できません。例えば、企業が人事権をすぐに手放すことはイメージしにくいですし、賃金等が紐付いた職務に対して人を探して交渉するようになることも、すぐには無理ではないでしょうか。

それに、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用に転換が起これば、例えば若手にとっては非常に厳しい環境になります。仕事経験がないと職務につけないからです。そのような状況になることを私たちは本当に望んでいて、また、社会として許容できるのでしょうか。

ただ、ここは強調しておきたいのですが、私はすべてが今のままで良いと言っているわけではありません。ダイバーシティ、ワークライフバランス、キャリアなどの社会の価値観と、既存の雇用システムの間にずれが生じているのは確かです。基本的には現状のシステムを前提にしながらも、そのずれを修正するような各社の努力は必要だと思います。

コミュニケーションによる心理的孤立の解消

WORK MILL:働き方における個別の課題についてもお伺いしたいです。テレワークによって孤独を感じて、組織との心理的な距離感が遠のくスタッフがいるとき、マネジメント側はどのようなケアをしたらいいのでしょうか?

伊達:仕事に忙殺されていたり、難しすぎる仕事を継続的におこなっていたりすると、「消耗感」が増してしまいます。朝起きたときにもう疲れている、仕事が終わったあとに疲れ切って何もできない状況などは危険です。特に、テレワークによって役割がよく分からなくなったにもかかわらず、仕事の難易度が上がり、量も増えている人には支援が求められます。

その方法として有効なのが、先ほどもお伝えしたとおり「コミュニケーション」です。学術研究の中では、コミュニケーションを交わすと、やるべきことが明確になり、結果的に消耗感も減ることが明らかになっています。また、お互いの仕事が重なり合っている程度があるほうが(専門的に言えば「タスク相互依存性」があるほうが)、コミュニケーション量が増えるという研究もあります。

テレワークの中では仕事をきっちり定義したい欲求に駆られますが、むしろ仕事を切り分けすぎず、ある程度の相互依存性を維持する。そうすれば、コミュニケーションが自然発生します。これは、コミュニケーションがないと働きにくい環境を作るということです。

WORK MILL:あえて相互依存性を設計するんですね。ペアワークやチームマネジメントが重要になりそうです。

伊達:そうですね。少なくとも現在の雇用システムを考慮すると、チーム・職場単位で考えて業務を組み立てた方がいいと思います。また孤立には「物理的孤立」と「心理的孤立」の2種類があります。物理的孤立はテレワークなどで物理的に離れている状態、心理的孤立は人とのつながりやサポートが不足している状態です。

オフィスにいても心理的には孤独を感じることがあるように(あるいは、自宅にいてもサポートがしっかり得られることがあるように)、物理的孤立と心理的孤立はダイレクトに関係しているわけではないことが学術研究の中で示されています。

そのため、テレワークでも心理的孤立を防ぐことはできます。心理的孤立は仕事のやりがいや、組織への愛着に対して影響を及ぼすので、コミュニケーションによって孤立を防いでいきたいところです。特に、お互いに助け合うようなコミュニケーションが有効です。

もしかすると保守的に聞こえるかもしれませんが、メンバーシップ型の雇用システムには良い面もあるんですね。「古いもの」を否定する声が大きくなっているときほど、拙速な改革に進もうとせず、一度立ち止まって、既存のシステムの良い面に目を向ける必要があると感じます。とはいえ、もちろん先ほども言った通り、時代に合わなくなっている部分があるのも事実なので、そこは改善していく必要はあるでしょう。

組織を強固にする「役割外行動」を発生させるには

WORK MILL:強い会社組織には、規定された役割以外の「役割外行動」をおこなう人材が必要と言われています。この環境下で役割外行動を発生させるには、どうすべきなのでしょうか。

伊達:役割外行動を取る人材は、企業があらかじめ役割をどれほど明確化したとしても必要になります。またジョブ型雇用の話に戻りますが、いくら職務記述書を詳細に整えても(欧米でも実際はある程度の抽象度を残しているのですが)、役割外の仕事は生まれます。役割外行動を誰かが取らないと組織は回らないので、役割外行動を引き起こすための方法は、ジョブ型雇用の社会において重要な研究課題となっています。

一方の日本では、どうやって役割外行動を起こしているのでしょうか。例えば、役割内行動と役割外行動の線引きを曖昧にするような方法をとっています。最初からお互いの役割を曖昧にしておけば、お互いに支援し合うのがデフォルトになり、自然と役割外行動もとれているということです。

ただし、この線引きの甘さが長時間労働などの労働問題につながっていたということもあります。また、役割外行動をとらなければならないという強制的な圧力があると、仕事への満足度が下がるなどのネガティブな影響も及ぼします。

WORK MILL:役割外行動を起こす要因は、結局何なのでしょう?

伊達:役割外行動を促すのは、職務や勤務先に対して満足して働いている「職務満足」です。従業員が役割外行動を取りたいと思えるような仕事環境なら、自然と役割外行動を取ることがわかっています。だから「いい会社」をつくることが、その近道なんですね。

とはいえ、いい会社を作って職務満足を上げていくことは、当たり前すぎて難しい。企業は営業して利益も出さないといけないので、市場で戦いながらいい会社をつくるのは至難の業です。

WORK MILL:いい会社とは何でしょうか?定義するのが難しいと感じます。

伊達:何をもって良い会社なのかは人によって異なります。同じ人でもライフステージによっても異なります。一つの会社がすべての人を満足させることは不可能です。そこで、企業から見れば自社に合った人を選ぶ、個人から見れば自分に合った会社を選ぶことが大事になります。企業は自社の重視・志向する良い会社を定義して労働市場に伝える必要がありますし、個人は自分の望む良い会社を意識しなければなりません。

また、(自社にとっての)良い会社を作ることは一朝一夕にはいきません。会社の現状がどのようになっているのかを定期的に把握し、そこから課題を見出して、一つ一つに手を打っていく。そうしたことの積み重ねによって「良い会社」というゴールに近づいていきます。

オフィスが担う「コミュニケーションのインフラ」

WORK MILL:最後に、今後もオフィスは必要なのか、必要であればどのようなオフィスをつくるべきなのか伊達さんの考えを教えてください。

伊達:オフィスの強みは、先ほど重要とお伝えしたコミュニケーションが容易にできることです。特に対面のコミュニケーションができる点は大きい。対面のコミュニケーションには、オンラインに比べて「わかった感」を得やすい特徴があります。相手の話や考えが理解できたという感覚になりやすいんですね。

その理由は、身振り手振りなどの「非言語的手がかり」が多いからです。人間はコミュニケーションのなかで言葉はもちろん、それ以外のさまざまな情報を受け止めながら会話を行っています。対面のコミュニケーションによってお互いの気持ちがわかるような感覚になることで進めやすくなる仕事もあるでしょう。

例えば、プロジェクトを開始する際には、お互いの理解が深まることでメンバー間の信頼形成が進みます。他にも、新しいアイデアを実現に向けて調整していこうとする際にも、非言語的手がかりによるわかった感が重要になるでしょう。

オフィスを設けるなら、非言語的な手がかりをきちんと交わせる場所になることが大切です。お互いに理解できたという感覚を持てる場所を作っていく。仕事の効率化や情報伝達は離れていても可能ですが、価値観や感情、感覚、雰囲気を感じ取るのは、物理的な場が得意としている部分です。

今後は、感情や雰囲気を共有し、情報交換できるような場自体を「プレミアムなもの」と定義して、企業が提供していけばいいのではないでしょうか。オフィスが「対面のコミュニケーションのインフラ」となることで、会社全体のまとまりやパフォーマンスにもいい影響を及ぼせるのではないかと思います。

2021年3月9日更新
2020年12月取材

テキスト:金指 歩
写真:齋藤 大輔