働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

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「環境が変われば、視点が変わる」 ─ 中西金属工業「クロスパーク」から生まれる、新しいつながり

1924年創立、1941年創業の中西金属工業は、ベアリングの「リテーナー」という部品の世界トップレベルのシェアを誇る部品メーカーで、近年新規事業開発にも取り組んでいます。  

そんな中西金属工業は、2008年頃から産学協同プロジェクトを発足し、働き方や働く環境について考えてきました。その結晶として2018年6月に完成した新オフィス「Cross Park(クロスパーク)」は、中西金属工業の「堅実なBtoBメーカー」というイメージとは裏腹に、クリエイティブな雰囲気に満ちています。

クロスパークが誕生するまでの経緯をうかがった前編に続き、後編では実際にクロスパークが生まれてから、社員たちにはどのような行動の変化やマインドセットがもたらされたか。そこからどんな事業開発がはじまっているのか。プロジェクトに関わったお三方に話をうかがいます。

社外の人を迎える交流の場に

WORK MILL:クロスパークが完成し、実際に使うようになっていかがですか。

近藤:はじめのうちは「こんな場所をつくっても誰も来ないと思う」と言われていたんですよ。「8時間で仕事片付けないといけないのに、こんなところでお茶してる暇なんてない」って。でも、蓋を開けてみたら……みんな、来てくれましたね。

─近藤江里加(こんどう・えりか)中西金属工業株式会社 人事総務部 人事グループ

藤原:そう、出来上がるまでは不安だったんですよ。誰も来てくれなかったらどうしようかと思って、初日から3日間はお菓子を配ったんです。オシャレなやつを買ってきて、「昼休みにクロスパークへ来てくれた方には、先着でお渡しします」って。撒き餌のようなものですよ(笑)

─藤原忠継(ふじわら・ただつぐ)中西金属工業株式会社 天満移転・再開発事業室 主事

藤原:でもそんな心配をよそに、皆さんすぐに使ってくれるようになって、外部の方も連れてくるようになりました。珍しいもの見たさというか。うちは会議室や社用車も使うときは予約制なのですが、クロスパークだけは予約なしで使えるようにしたのです。すると、「取引先のお偉いさんが来られるから、なんとか予約できないか」と逆にお願いされることもあって、「すみません、それは受け付けていないんです」と断るんだけど。

WORK MILL:クロスパークの用途としてはどんなものを想定しているのですか。

近藤:基本的に「社員と社内外の人たちが交わる場所」という定義はありますが、あまりカッチリとは決めていません。でも、何か無理やり使ってもらうというより、自然と「クロスパークで話そうか」となるようです。お客様との打ち合わせのときにも「ちょっと雰囲気の良いところで話しましょうか」と持ちかけると、先方にも興味を持っていただいて。

三代:会社が設立した一般財団法人があって、毎年100名ほどの学生たちに奨学金を給付していますが、以前は何の交流もなかったのです。でもきちんと説明をしたほうがいいだろうということで、数年前から年に一度、会社説明会兼懇親会をするようになって、せっかくこの場所もできあがったからと、今年は懇親会をクロスパークで開催することになりました。

―三代徹(みよ・とおる)中西金属工業株式会社 監査役

近藤:他には有志でキッチンパーティーを企画して、お互いに同僚を連れてきて、横のつながりが広がったり……わりとシャイな社員が多いので、みんなで集まって「イエーイ!」みたいなイケイケ感はないんですけど(笑)、この場所ができたことで、これまでと違う人と出会えるようになってきたと思います。

WORK MILL:クロスパークができたことで、外部との交流の機会が増えたのでしょうか。

近藤:数として明確に増えたかどうかはわかりませんが、「いつでも使える場所がある」だけで、確かに企画はしやすくなっている気がします。学生たちが見学に訪れると、必ずここに来てもらうようにしていますし。

それと個人的に、かなり影響が大きいと感じるのは、ここを訪れる人の視界が変わるということ。「ここに来れば、おいしいコーヒーが飲めるから」とコーヒーマシンを目的に足を運ぶだけでも、これまで職場で出会ってきた社員の顔ぶれから大きく変わっているはずなんです。他の部署でどんなことをやっているかもわからない人だったのが、ここに来れば、一生懸命プログラミングをして、ロボットを動かしているのを目の当たりにすることができる。「あ、何か新しいことをやろうとしているんだな」とわかるわけです。クロスパークができたことで、社内にはどんな社員がいて、どんなことに取り組んでいるのか、無意識的に目に入る。それが自然と刺激になると考えています。

クロスパークが後押しする新しい働き方

WORK MILL:さっきから気になっているのが、あそこにいる猫なんですが……これも、どなたかのアイデアなのですか。

藤原:かわいいでしょう(笑)。「手毬(てまり)」と「小鉄(こてつ)」言うんですけど、どっちもオスの猫で。

近藤:これは、特機事業部で開発しているペット用品を展示する、というのが大きな目的だったんですよ。実は、うちは「Catroad+(プラス)」という壁面に取り付けるキャットステップを手がけているんです。

WORK MILL:BtoBだけでなく、BtoC向けの商材も作るようになったのですね。

近藤:特機事業部を中心に、「animacolle」というBtoCブランドを立ち上げたんです。2018年の9月からはEコマースも始めて。これまでは、ルート営業が主体で決まったお客様のところへ足を運ぶことが多かったのですが、お客様に足を運んでいただいて、ここでコーヒーを飲みながら、展示されているうちの商品をきちんと見てもらえる。ベアリングリテーナーだけではあまり馴染みがないかもしれませんが、こういったものに触れてもらうことで、自社製品を少しでも身近に感じてもらえるようになる。この場もその一環になると思います。

WORK MILL:戦略的に事業を拡大していくなかで、採用される社員も変わってきているのでしょうか。

三代:そうですね。どうしても社員の年齢構成が偏っていて、この先の10年、20年を牽引するリーダーがいなくなってしまうという懸念は、ここ数年ずっとありました。新入社員を育てるにも時間がかかりますし、年代として層の薄いところを中途社員でフォローすべく、積極的に採用してきました。

近藤:実は、私も2016年入社の中途組なのです。もともとIT系の会社で働いていたので、メーカーに入ろうとはまったく考えていませんでした。たまたま転職エージェントからオファーが来て、中西金属工業という名前を知りました(笑)入社してみると、福利厚生も、託児所やジムといったハード面も整っていて、休みもしっかり取れるし極端な残業もなく働きやすいです。実際、中途入社の社員は、「バリバリ働きながらも、もっとキャリアと自分の人生のバランスを取ることも大切なのではと気づいて、この会社を選んだ」という人が多いと聞いています。しかも、関西に拠点を置きながらグローバルシェアNo.1と、働きがいもしっかりと感じられますしね。

WORK MILL:福利厚生や働く環境整備は、前編でうかがったガーデンやクロスパークができる以前から取り組んでいたのですか。

藤原:そうですね。職場改善委員会を立ち上げたのと同時期……いまの(中西竜雄)社長が2009年に社長へ就任してからは、特にワークライフバランスや健康経営を意識して、制度面やハード面を整えてきた形です。

近藤:テレワークも2016年から制度としては始まっていましたが、人事として推進していても、社員自身がその必要性や効果を感じなければ、「やってみよう」とはなりづらいですよね。「やる意味あるの?」と思う人もいるかもしれない。でもこのクロスパークができたことで、会社として「働く場所を選んでいい」「就業時間内でも、ここでコーヒーブレイクして、いろんな人と話してもいい」と明確に姿勢を示すことにもつながります。いくら制度を整備して、口頭で「こうしてもいいよ」と伝えても、なかなか伝わらない。「テレワークをやってもいいんだ」「会社がそれを推奨しているんだ」と、説得力が出てきた気がするんです。

三代:場所だけでなく、システム環境も変わってきましたからね。昔はデスクにデスクトップのパソコンで動きようがなかったけど、ノートパソコンやタブレットも使うようになったし、社内LANもこういうスペースでも仕事ができるようになった。

近藤:クラウドを導入しようか、という動きも出てきていますしね。ただ、技術部は機密情報も多いですし、エンジニアは社内でしかできない作業も多いので、まだまだすんなりとテレワークする、とはならないことも確かです。でもいったん、「テレワークのやり方もいろいろあるようだし、柔軟に考えて環境を整えたらできるかもしれない」と意識していけば、仕事のやり方を変えてみようと考えるきっかけになると思っています。「これまでやってこなかったことだけど、やれるかもしれない」「こんなことをやってみたい!」と、新しいことに挑戦する姿勢につながっていくのではないでしょうか。

堅実なビジネスがあるからこそ、チャレンジできる

WORK MILL:お話をうかがっていると、中西社長が果たされてきた役割も大きいのかなと思うのですが、社長は会社ホームページに写真も載っていないんですね。

近藤:そうですね、私も入社前は「本当にオーナー企業なのかな」と思っていました(笑)もちろんトップダウンなところもあるので、そのスピード感がうちの会社の良いところの一つだと思います。

藤原:でも、少しずつボトムアップで始まることも増えてきているとは思います。うちは人事考課に目標管理(MBO)を採用していますが、通常は上司の目標に沿って個人の目標を設定するものでしょう。それが、とある時期から「ひとりずつ、今期に取り組みたいことを考えてください」と言われて、僕なんかは「そういえば、ずっと据え置きになっていたオフィスのレイアウトプランを実行に移してみよう」と動いた結果、クロスパークが実現しましたから。ただ、面白そうだし、気軽な気持ちで提案したんだけど、途中から結構時間が必要だなと気付いて……いやぁ、えらいこと提案してしまったなと(笑)

近藤:「私、新しいことを自分らしくやってみたいんです」という人も活躍できる会社になっていったらいいなと思います。こんな制度や場所があったらいいのにと言うだけは簡単ですが、自分たちで考え、その想いを実現しようとチャレンジしている社員がたくさんいるからこそ会社が変わるのだと思います。

たとえば、特機事業部は少数精鋭で、エンジニアが現場の生産工程を管理したり一人何役もこなさなければならないこともあるので「自分は技術屋だから」と業務領域を固定してしまうと、なかなかうまくいかないという話も聞きます。

藤原:新しいことをするときにはどうしても反発は起こりますけど、新しいことをしなかったらしなかったで「どうして何もしないのか」というプレッシャーはありますからね。新しいことに失敗はつきものですから、それなら、恐れず思いきってやったほうがいいと思います。

WORK MILL:会社としてチャレンジを推奨されていて、失敗を許容しようとする姿勢があることは、前例のないことに取り組む社員にとっては心強いですね。

近藤:そういう意味では、話に聞く昔の会社の文化とは変わってきているのだと思います。事業規模が大きく社員の人数も多い既存の事業部が、堅実に経営を支えてくれている。だからこそ、新しいことへのチャレンジが可能になっているし、ある意味会社の中ではいいバランスになっているのだと思います。そのギャップがあるぶん、三代さんとか藤原さんとか、立場のある人からすると、上からも下からも、横からもいろいろと言われて、そのバランスを取るのが難しいんでしょうけど……。

藤原:そうやなぁ(笑)

三代:でもこの10年で、だいぶ横のつながりができるようになったと思いますよ。職場改善委員会やクロスパークに限らず、事業部を横断して管理職が集まって、ひとつのテーマで会議をするようになったり、社内のイントラネットで交流できるようになったり、いろんな手段を使って、組織が変わってきたんです。

近藤:クロスパークができたことは大きなきっかけではありますが、やはり作っただけではまだ不十分なんですよね。どうやって当初の目的だった社員同士のコラボレーションを生んで業績につなげていくかを考えなければならない。そのために、きちんとこの場所の意義を社員の皆さんに理解してもらいたいと思います。このご時世、みんながみんな定年まで一つの会社で働くという感じでもないと思います。だからこそ、仕事を通して実現できることが、自分の人生や暮らしにも紐づいて、「この会社で働きたい」と思ってもらえることが大切なのだと思います。

2019年10月29日更新
取材月:2019年8月

 

テキスト:大矢幸世
写真  :笹木祐美
イラスト:野中 聡紀