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学生とつくる新たなオフィス ─ 老舗BtoBメーカーがはじめた、ボトムアップの「働く場所改革」

「日本一長い商店街」と言われる天神橋筋商店街から歩いて5分ほど、マンションなども立ち並ぶ住宅街の一角に、レンガ造りの重厚な工場群が見えてきます。

  1924年創立、1941年創業の中西金属工業は、ベアリングの「リテーナー」という部品の世界トップレベルのシェアを誇る部品メーカーで、近年新規事業開発にも取り組んでいます。

そんな中西金属工業は、2008年頃から産学協同プロジェクトを発足し、働き方や働く環境について考えてきました。その結晶として2018年6月に完成した新オフィスは、中西金属工業が持つ「堅実なBtoBメーカー」というイメージとは裏腹に、クリエイティブな雰囲気に満ちています。

まだオープンイノベーションや働き方改革といった言葉も浸透していなかった当時、なぜ社外とのコラボレーションで新オフィスを作ろうと考えたのか。そしてそれを実現するなかでどんな困難があり、従業員にはどんな意識変容がもたらされたのか。プロジェクトに関わったお三方に話をうかがいます。

新幹線には必ず使われている部品の世界シェアNo.1

WORK MILL:中西金属工業ではどんな事業をされているのでしょうか。

近藤:自動車や新幹線の車輪など回転する部分には必ず「軸受」という土台があって、その回転効率を上げるために「ベアリング」という部品が使われています。その内部構造に「リテーナー(保持器)」という部品が含まれているのですが、当社はリテーナーのグローバルシェアNo.1の会社です。新幹線の車軸用ベアリングには100%、当社の部品が使われています。

─近藤江里加(こんどう・えりか)中西金属工業株式会社 人事総務部 人事グループ

WORK MILL:100%! 私たちの見えないところで必ず使われている部品なのですね。会社の事業としてはかなり安泰なのではないかと思うのですが……。

藤原:とはいえ、20年ほど前から市場変化に対して危機感を持っていました。当時、中国など海外の生産拠点が台頭し、ベアリングにも安価なものが出てきました。特に汎用品についてはほとんどが海外製に置き換わってきています。

─藤原忠継(ふじわら・ただつぐ)中西金属工業株式会社 天満移転・再開発事業室 主事

近藤:それに、ベアリングが多数使われている自動車もガソリン車からEVに置き換わると、使用する部品の点数は減ります。ですから、軸受事業部ではベアリングリテーナーだけでなく、ステアリングやサスペンションの周辺部品などの自動車関連部品も製造して、生産品目を増やしてきました。

WORK MILL:そこからなぜ「新しいオフィスをつくる」アイデアが出てきたのでしょうか。

近藤:当社の主力事業は、軸受事業に加えて、主に工場の生産ラインのコンベアー設備を作る輸送機事業と住宅関連部品などを作る特機事業の3事業なのですが、事業部制のため採用も別々ですし、事業部間の人事異動もほとんどないため、他の事業部がどんな仕事をしているのか、まったくわからない状況だったのです。

三代:事業部間の交流も皆無でしたし、同期と言えど、事業部が違ったら顔と名前も一致しない。生産拠点も別々で、特に総会も行われませんから、完全に別会社という感じでした。もっと活発にコミュニケーションを取れるような職場にしたいという思いで、2008年頃に職場改善委員会を立ち上げたのです。職場や会社をもっと良くするために何かできへんか、といろいろと話し合うようになって、その中で「オフィスを新しくしよう」というアイデアが出てきました。

―三代徹(みよ・とおる)中西金属工業株式会社 監査役

WORK MILL:まだ、いまのように働き方改革やオープンイノベーションの議論が浸透していない頃ですね。

三代:ここの敷地内には建屋がいくつもあって、部署ごとにバラバラに分かれているのです。物理的に分断されているので、なかなかコミュニケーションも取りづらい。

近藤:私自身もそうなのですが、少しずつ中途採用の社員が増え、他の部署がどんなことをしているのか、自然と興味を持つ人が多くなってきたのだと思います。新卒社員も最初の集合研修で仲良くなって、業務的には関係なくても、積極的に関わりたいという思いを持つ人が出てきました。

WORK MILL:それからどのようにプロジェクトを進めていったのですか。

三代:何をするにも私たちは素人なので、どうやって進めたらいいのか全然わからない。それで、もともと新卒採用などでつながりのあった京都工芸繊維大学にご紹介いただいたのが、大学でワークプレイスデザインを教えていらっしゃる仲隆介教授でした。仲教授も研究室の学生たちでチームを編成してくださって、「具体的に考えていきましょう」と。私たちも各建屋、各フロアから代表メンバーを一名ずつピックアップして、プロジェクトチームを結成しました。

毎月のミーティングの様子

毎月、ミーティングを設定して、各フロアや各部門の改善すべき点や現状、問題となっているところや良いところ、もっと伸ばしていきたいところなどを集約して、方向性を考えることにしました。とはいえ、建物の状況もバラバラなので、あくまで改善点を考える、という感じ。当初は「何か新しいスペースを作ろう」とまでは考えていなかったかもしれません。

ただ、課題を挙げる中で多く意見が集まったのは、全部門とつながりがあるはずの管理部門が敷地内のいちばん端っこにあって不便ですし、中には階段しかない棟に入っている部門もある。そこから足を運ぶだけでも大変なんですよ(笑)。いろいろとアイデアはありましたが、もうちょっとみんなが集まりやすいようなスペースがあるといいなぁという意見で少しずつまとまりはじめたのです。

プロジェクトに参加することで生まれる横のつながり

WORK MILL:そこで生まれたのがクロスパークだったのですか?

三代:いや、その前に紆余曲折ありました。実は、ここの建物はほとんど木造のレンガ造りなのですが、いまの建築基準法では耐震基準を満たすことができないのです。

藤原:学生の皆さんにもいろいろと調べてもらったのですが、ここをオフィスにするとしたら、準耐火構造にしなければならない。柱を鉄板で巻いたり、500平米区画でシャッターが下りるようにしたりしなくてはならなくて、予算的に難しい、となってしまいました。

三代:実際、全部の建物の構造を測って、部署を中央に集約して、どの建物にどの事業部を配置して、共有スペースをここに作って、と設計図を引いてもらって、私たちも「この部署とこの部署は隣り合っていたほうがいい」などと具体的に話をしていたのですが……。なかなか私たちだけでは考えもつかないような、若い人ならではの発想もあったんですよ。いまある建物を全部建て替えて、近くにJR環状線が通っているので、電車の中から見えるくらい象徴的なエントランスホールを建てよう、みたいなアイデアとか。

藤原:話している間に周りにも新しい建物が増えて、環状線も見えなくなっちゃったんですけどね。

WORK MILL:プロジェクトを進めている間にも、学生たちの顔ぶれも進級や卒業で変わっていきますよね。

三代:世代交代していきますからね。大学3年生から修士課程の2年生まで、4学年の人がいますから、引き継ぎしながら少しずつ変わっていって。それに、私たち会社側もメンバーを変更していったのです。部署によっては毎年メンバーを変えて、なるべくたくさんの社員に関わってほしい、というところもあれば、2、3年担当した後で他のメンバーに引き継ぐ、というところもあって、延べ数十名がプロジェクトに関わることになりました。若手社員が比較的中心に選ばれましたが、プロジェクトの過程でまったく接点がなかった他部署のメンバーと関わることになり、結果として年を追うごとに横のつながりが強くなっていくような形になりました。

そして、実際の成果としては、2013年に社員食堂に隣接する中二階に、今まさに私たちがいる「Garden(ガーデン)」をつくりました。大々的にオフィスを変えるのは現段階では難しい。それなら、食堂で昼食を食べた後、ちょっと一息入れてお茶を飲みながら、みんなで話せるようなスペースをつくろう、となったのです。職場改善委員会のメンバーの意見を集約して、レイアウトも学生の皆さんに考えていただいて、経営陣に提案して実現したのです。

これからの時代、オフィスを充実させることは投資である

WORK MILL:では、クロスパークをつくることにしたきっかけは……?

藤原:ガーデンが完成した後、プロジェクトはいったん終了ということで、職場改善委員会としては社内の組織活性やコミュニケーションなど、ソフト面のフォローに取り組んでいました。一方で、プロジェクトでも課題となった木造レンガ造りの社屋について、やはりBCP(事業継続計画)の観点からも、災害など有事の際、近隣にご迷惑がかからないようリスク回避していかなくてはならないのではないか、という懸案がありました。そこで改めて本社屋の建て替えを検討するにあたって、2016年に新たなプロジェクトを立ち上げることにしたのです。

WORK MILL:プロジェクトチームを再結集したのですね。

藤原:けれどもその時点ではまだ、新社屋を建て直すのかどうするのか、決まってはいませんでした。だからまずは働き方改革の文脈で、仲研究室の学生さんたちとともに、どんな環境で働きたいか、どんな働き方が理想的か考えるワークショップを行いました。とはいえ、前回のプロジェクトから半分くらいは同じメンバーを引き継いでいましたから、「あれ、結局前回のアイデアはどうなったんだっけ」みたいな意見も出たのですが。

WORK MILL:ただ、その当時から比べるとかなり世の中の流れも変わってきたといいますか、働き方も多様になってきましたよね。

近藤:実際、当社も2016年度から在宅勤務制度を導入して、テレワークを推進するようになりました。残業ゼロを目指す中でも、生産性高く仕事をするために、隙間時間を活用することや、自ら効率が上がる場所を選んで仕事をすることが、現実的な課題にもなってきたのです。

藤原:とはいえ、私たちは装置産業ですから、予算があるなら工作機械の更新をしたいという意識にもなりがちなのです。実際、新社屋を検討するにあたって、仲教授にも経営会議の場で意見をいただいたのですが、役員からは「オフィスがどんな効果を生んでくれるのかわからない。費用対効果を試算してもらえませんか?」といった意見も出てきて、なかなか苦労しましたね。「オフィスを変えても利益は生まれないでしょ」と。

近藤:会社としては堅実な売上がありますし、役員の方々にはこれまでの実績に対する自負もある。ただ、(代表取締役)社長の中西(竜雄さん)としては、これから他の事業部も含めて多角的にビジネスを広げていきたい、なんとかしたいという意識があったと思います。

WORK MILL:どうやってそういった反対意見を乗り越えていったのですか。

藤原:仲教授から「これからの時代、オフィスをつくることは投資なんです」と話していただいたのとともに、実際、大阪近郊にある企業の先進事例を役員たちとともに見学へ行かせてもらったのです。ダイキンさん、サントリーさん、日東電工さんなど、仲先生のご紹介で見に行くことができました。

WORK MILL:どこも大阪を本社にされていて、研究所などをオープンイノベーション施設に転換して、新たなオフィス空間を構築されていますね。

三代:やっぱり実際に見てみると、いやぁ、すごいなぁ、と。仲先生にも最近のオフィスをレクチャーしてもらって、少しずつ経営会議の雰囲気も変わってきた気がします。他社さんがどんなところで働いているのか、あまり知りませんからね。

藤原:プロジェクトのメンバーも経営会議の場で「こんなスペースが欲しい」と発表していましたが、その時点ではまだ新社屋をどうするかは決まっていなかった。最初のプロジェクトも当初思い描いていたものとは少し違う形になりましたし、今回もせっかくみんなやる気になっているのに、うやむやになってしまってはかわいそうだと思って、なんとか意見を通してあげたかったのです。それで、当時私は総務だったのですが、ガーデンのときみたいに小規模でいいから、なんとか稟議を通せそうな範囲内で予算案に盛り込んだのです。この場所を整備して、みんなが集まれるようなスペースを作りたい、と。そうしたら……案外スッと予算が通ったんですよ(笑)

WORK MILL:作戦勝ちですね(笑)

藤原:もともと社長は、新しい設備や仕組みを取り入れていくことに前向きな人なんです。ガーデンの横にある社員食堂もキレイだし、屋上を緑化して、社内にフィットネスジムや託児所もある。社用車にもテスラやトヨタのMIRAIを導入していて、誰でも乗ることができるんですよ。だから、社員の働く環境を充実させることに理解もあるのです。それで、晴れて正式に京都工芸繊維大学の皆さんに設計をお願いすることになりました。

新社屋のプロトタイプとしてワークプレイスを作る

WORK MILL:今クロスパークがある場所は、もともと何に使われていたのですか。

三代:もう40年近く前のことだけど、軸受の工場だったんです。ずらーっとプレス機械が並んで、ベアリングを作っていた。でも都心ということもあって、騒音をなんとかしてもらえないかと近隣住民の方から苦情が出るようになって、生産拠点を大阪の寝屋川に移したのです。それ以降は更衣室とか倉庫とか、なんやかんや使ってはいたんだけど、持て余していました。だから、何かスペースをつくるとしたら、ここしかない、と。

クロスパークができる前の様子

藤原:なので、位置付けとしては「トライアル」というか、まずはここでいろいろと試してみて、新社屋をどういうものにするか、考えていこうと。新社屋の建て替えも2024年の創業100周年を見据えて考えていくことになったので、まずはここで実践してみることにしたのです。

WORK MILL:では、ここは期間限定の扱いになるのですね。

藤原:結果的にはそうですね。おそらく5年くらい使うことになると思います。現在2つの工場がこの敷地内にあるのですが、それを別の拠点に移転し、敷地内を整備して新社屋を建てる予定です。順次建て替えることになるので、移行期間がどうしても出てくるのです。その期間も有効活用できるようなプランの一環としてこのスペースがあります。

WORK MILL:ここのコンセプトは?

藤原:「Cross Park(クロスパーク)」という名前は確か、学生さんが提案してくれたんですよね。「交わる場」みたいな意味を込めて。

近藤:私たちもいろいろとコンセプトを考えたのですが、空間設計のプロではないので、「事業部間の交流ができる場所にしてほしい」「リフレッシュできる場所にして欲しい」「緑が多い場所にしたい」とか、そういった具体的な要望や希望を出して、それを学生さんたちがきちんと考えてくださり、コンセプトやデザインを提案いただきました。

藤原:「おいしいコーヒーが飲みたい」とかね。これまで自社製品をディスプレイするようなところもありませんでしたから、そういう意味では本当にこのスペースが、はじめて私たちがボトムアップで考えて、提案して、形になったものかもしれません。

WORK MILL:しかもそれが「ガーデン」「クロスパーク」と段階を踏むことで、より働く環境を自分たちで考える意識につながったのかもしれませんね。

藤原:「クロスパーク」は、つくると決まってから社長が「もっとここを大きくしよう」とか、どんどんスペースも予算も大きくなってきたんですよ(笑)。学生さんたちをずいぶん戸惑わせてしまったかもしれないけど、話が具体化してから半年ちょっとでここまでできましたから、なんとか形になってホッとしています。


前編はここまで。後編では実際に「クロスパーク」はどのように活用されているのか。その波及効果についてうかがいます。

2019年10月15日更新
取材月:2019年8月 

テキスト:大矢幸世
写真  :笹木祐美
イラスト:野中 聡紀