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これからのワークプレイスモデルになる、コレクティブオフィスの形とは? ー 鎌倉「北条SANCI」

WORK MILL編集長の山田が、気になるテーマについて有識者らと議論を交わす企画『CROSS TALK』。今回は、&Co.代表取締役で、コレクティブオフィス「北条SANCI(ほうじょうさんち)」のプロデューサー・支配人でもある横石崇さんをお迎えしました。

  鎌倉、鶴岡八幡宮のそば。人が行き交う通りを少し離れた閑静な住宅地にたたずむ「北条SANCI」は、旧北条家の跡地にあります。80年以上前に、当時の海軍将校が建てた古民家を、スキーマ建築計画の長坂常さんがリノベーション。2018年7月にコレクティブオフィスとしてオープンしました。

なぜ、あえて東京から離れた鎌倉という場所を選んだのでしょうか。前編では、横石さんと鎌倉と古民家に出会った経緯、鎌倉という場所が与える影響、そして「北条SANCI」のこれからについてお話を聞きました。

鎌倉と都心、生活のバランスを少しだけ変える

山田:「北条SANCI」がオープンして1周年ですが、横石さんがプロデュースされた理由やきっかけを聞かせていただけますか。

横石:きっかけは、クリエイティブラボPARTYの伊藤直樹さんやCEKAIのクリエイティブディレクター井口皓太さんらと「もう自社のオフィスっていらないよね」と盛り上がったところからです。そこからコレクティブオフィスをつくろうとなり、場のプロデュースをすることになりました。

ー横石崇(よこいし・たかし) &Co.代表取締役/Tokyo Work Design Weekオーガナイザー
1978年、大阪市生まれ。多摩美術大学卒業。広告代理店、人材コンサルティング会社を経て、2016年に&Co., Ltd.を設立。ブランド開発や組織開発をはじめ、テレビ局、新聞社、出版社などとメディアサービスを手がけるプロジェクトプロデューサー。毎年11月には国内最大規模の働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」を開催。著書に『自己紹介2.0』(KADOKAWA)ほか。

山田:場所は最初から鎌倉で、ということだったのでしょうか?

横石:もともとは二子玉川や代々木上原など気持ちのいい場所を都内でも探していて、「もし鎌倉にいい物件があったら考えよう」ぐらいでした。

そうこう探しているうちに、鎌倉には海もあれば山もあって歴史的な文化もある。湘南新宿ラインや横須賀線も通っているので都内からのアクセスも良い。それにクリエイターをはじめ面白い人たちがかなり集まってきているということがわかってきたので、じゃあ鎌倉を軸に探そうと。そこから鎌倉中をひたすら歩き回って9カ月くらいかけて見つかったのが、この物件です。

山田:鎌倉はアーティストや文豪のイメージがありましたけど、意外にも現代のクリエイターが集まりつつある場所なのですね。

横石:いま鎌倉はすごいことになっています。デザイナーやエンジニアをはじめ、編集者やフォトグラファーなどがたくさんいますし、大企業勤めの方も結構いて、クリエイティブ人材の宝庫です。もともと鎌倉時代では政治や文化の中心だったわけですし、そんな引力に引き寄せられるのかもしれません。

ー山田雄介(やまだ・ゆうすけ) 株式会社オカムラ WORK MILL編集長
学生時代を米国で過ごし、大学で建築学を学び、人が生活において強く関わる空間に興味を持つ。住宅メーカーを経て、働く環境への関心からオカムラに入社。国内、海外の働き方・働く環境の研究やクライアント企業のオフィスコンセプト開発に携わる。現在はWORK MILLプロジェクトのメディアにおいて編集長を務めながらリサーチを行う。一級建築士。

山田:では横石さんの意図としては、「北条SANCI」のコレクティブオフィスに、まずクリエイティブな人材が集まる、というのが狙いとしてあったのでしょうか?

横石:いま都心ではコワーキングスペースやシェアオフィスが増えてきていますよね。数年後には100箇所ぐらいに増えるという調査もあります。ただ、僕自身も渋谷にあるシェアオフィスを使っているのですが、騒がしくて落ち着いて作業できる空間ではないんですよね。一方で自宅だと落ち着きすぎて、ダラダラしちゃう。ですので、このオフィスのコンセプトは「誰かさんち」のようにちょっとした緊張と落ち着きが同居することを目指しています。その結果、都内のシェアオフィスではなく、自宅以外の選択肢を探していた方々に注目されたのかもしれません。ちなみに僕は週1〜2回はここにきて集中を要する作業をするようにしています。ここにくるようになって、そもそも毎日都心や同じオフィスにいる必要性があるのかを疑い始めました。

山田:都心と鎌倉の二拠点生活ですが、そういう働き方を実践されて変わったことや、見えてきたことはありますか?

横石:まず、モードの入れ替えができるようになりました。都内の自宅から1時間かけて向かいます。満員電車とも無縁です。駅から降りて鶴岡八幡宮の境内を通ってくるのですが、そこを通過して気持ちをリセットするのが儀式になりました。“都心のカオスの中に入っていくこと”と、“静かで落ち着いた場所で仕事をすること”というのは完全にモードが違うと思っています。僕にとってはアイディアを練り上げる場所、書斎みたいな感じで使っています。

山田:PARTYのオフィスも兼ねているそうですが、メンバーのみなさんは頻繁に利用されていますか?

横石:鎌倉在住の方も都内在住の方も、毎日ではなく週に何日かぐらいの方が多いです。PARTYはひと部屋を借りていますが、同様に週数日の利用です。ほかに入居メンバーには、WIREDのサテライト編集部があったり、サイバーエージェントのクリエイティブチームが入っていたり、ライターや音楽プロデューサー、イベントプロデューサーなどバラエティ豊かなメンバーに利用してもらっています。

山田:みなさん郊外のサテライト、オフサイト、として使われている方が多いのでしょうか?

横石:サテライトオフィス的な感覚が強いかもしれません。入居者の共通点としては、デジタルテクノロジーやインターネットに関わっている職業人が多く集まっています。デジタルの世界にいるがゆえに自分の体や心と向き合うための環境を、意図的に作らなきゃいけないわけですから。

山田:「北条SANCI」のような環境を求めている人は多いということですね。

横石:近くには山もあれば小川もあります。そして、この建物の構造は全部の窓から緑が見える造りになっています。立派なお庭もあります。もともと日本海軍将校が建てた邸で料亭としても有名な場所ですから、落ち着いて働くにはこれ以上ない環境ですね。

山田:緑に囲まれた環境ということの他に、クリエイターたちが集まって、作業に集中したり、インスピレーションを得たりという点で、空間的、機能的にも仕掛けとして意識されたことはありますか?

横石:日本家屋の住まいをベースにリノベーションしました。日本独特の家の中にオフィスをインストールしたらどうなんだろうという実験です。そのため、緊張と緩和の両方が混じり合った空間が生まれました。

最も悩んだのは、ワークスペースをどこにどうやって設置するかという点です。結果的には建築家の長坂さんからの提案で、一階のワークスペースのエリアの高低レベルを一段下げました。そうすることによって、玄関から入ってすぐの場所が土間兼執務スペースとなりまったく表情が変わったんです。また、それぞれのワークスペースは漫画喫茶やネットカフェのような閉鎖的な空間が最も落ち着いて仕事できるんじゃないかということで、間仕切りを入れて小さなブースに仕分けています。

山田:個人が集中するスペースはレベルを下げて、そこより高くなっているスペースは和室やキッチンスペースなど、コミュニケーションがとりやすい空間になっていますね。

横石:高さによってコミュニケーションのレイヤーが変わります。和室の床の間にはモニターを置いてあってオンラインミーティングに最適化されていますし、寝そべって会議もできる(笑)あと、書斎の襖がホワイトボードになっていたりします。

山田:襖が……? 本当ですね。

横石:オリジナルの家具です。本来だと和紙の部分をホワイトボードになる塗料を塗って書き込めるようになっています。あとリビングルームでは人が集まれたり、食事をしたりできるようになっています。定期的にリトリートイベントも開催しています。

山田:庭もとても素敵ですが、ここも執務やイベントに使っているのでしょうか?

横石:天気が良いときはみんな外に出て作業します。ただ、バーベキューだけはまだやれていません。近隣の方の顔色を見ながらかな(笑)それよりも大変なのが、庭の手入れですね。

山田:一軒家のご自宅を持つのと同じようなものだと思います、管理が大変そうですね。

横石:自然のパワーには驚かされてばかりです。雑草もどんどん生えてきてしまうし台風で木が倒れたこともありました。虫もびっくりするぐらいに大きいし、こないだは蜂の巣ができてみんなで大騒ぎして駆除しました(笑)

山田:ははは(笑)。都心ではなかなかない経験をされているのですね。

ゆるくつながることで生まれる化学反応

山田:横石さんは「北条SANCI」をプロデュースされて、今は支配人という立場でいらっしゃいます。庭の雑草を刈ることや蜂の巣の駆除もそうですが、そういう仕事までされているのか、と驚きました。

横石:優秀な管理人さんたちがいるので僕は何もやっていないです(笑)ちなみにハチの巣の駆除はPARTY代表の伊藤さんがやってくれました。僕自身のミッションは「使う人が居心地よく使える場所を作るためのきっかけづくり」でしかないです。

山田:ハードの手入れも当然実務としてかなりある中、一方でソフト側に関して何か感じる部分はありますか。

横石:ここはシェアオフィスでもなく、コワーキングスペースでもなく、「コレクティブオフィス」と名付けています。それは「共同で、この場所を作っていこう」という思いを込めているからです。僕自身がコワーキングスペースを利用して寂しくなるのは、周りにいる人を知らない希薄な関係です。入れ替わりも激しいし、近いはずなのに、どんな仕事をしているかも定かではない。

山田:基本的にはそうですよね。

横石:通常だと施設内で開催されるイベントやパーティーで仲良くなることもあるかもしれませんが、どうしても僕はそういうのが本当に苦手で…。

山田:自己紹介の本も出されているのに!(笑)

横石:僕は知らない人と交流するのがとても苦手で、利用しているコワーキングスペースは知り合いや友だちが1人もいません。

山田:え、そうなのですか? 意外ですね。

横石:「話しかけないで」オーラが出ているのかも(笑)でも僕に限らず、多くの人はそんなに交流に積極的じゃないですよね。

でも、それだと化学反応が起こりづらい。そう考えたときに、コレクティブオフィスというのは、全員が自立しながらも、ゆるくつながって同じ方向を向いている共同体です。完全招待制にしているのも、この場所の理念や想いを一緒に共有してもらえると感じたからなのです。

山田:基本的に知り合いの知り合いが一緒にいる状況だから、信用・信頼でつながる関係になると。

横石:人同士の関係だけでこの場所は運営されているので、つながりから新しいものが生まれてきやすいです。例えば、先日はこの場所を拠点に人工知能の研究プロジェクトがスタートしました。イベントをやると周辺の方も来てくれますし、ここをハブにして何かの縁でここで何かやりたい、という人も現れます。

北条SANCIは次世代公民館コレクティブオフィス?

山田:これから「北条SANCI」でこういうことをやっていこう、といった目標はありますか? 例えば、さっき話に出ていたような、バーベキューもそうですが(笑)、何か構想がおありでしたらお聞かせください。

横石:もともと料亭だったこともあり、周辺住民からも愛されていたスポットです。それもあって近隣の方とのコミュニケーションも頻繁で、町内会には必ず参加させてもらっています。そういうこともあり、この場所や町を住民のみなさんと一緒につくっていきたいという感覚は強いです。

近所にはおいしいピザ屋やタイ料理屋、日本料理屋とか、いいお店がたくさんあって、勝手に「北条SANCI」の社食に認定して使っています(笑)。町の人との小さなつながりから、“広がって”いく必要はないですけど、“深まって”いけばいいなと思います。

山田:おもしろいですね。町内会に参加というと、もしかすると回覧版も来たりしますか?

横石:回覧板、来ます!(笑)以前に町内会の集まりでここを使った際は、みんなでお酒を飲んで楽器を手に取り、歌を歌っていました…。

山田:すごい、次世代の公民館コレクティブオフィスですね。

横石:楽しい施設ですよね(笑)オフィスなのか何なのか限定できない場所に育ってきました。でもそれが面白いですね。

この場所は、由緒正しき北条家の土地柄ということもあるのですが、住民の人たちも料亭があったときと同じように人が集まることができる公共空間として見てくれている。都内でオフィスを借りてもそんな感覚はないと思うんです。パブリックさはここの資産なので、大切にしていきたいです。


前編はここまで。後編ではこれからの働き方、働く場がどのように変わっていくべきなのか、お話をうかがっていきます。

2019年8月19日更新
取材月:2019年6月

テキスト:ふくだりょうこ
写真  :マスモトサヤカ
イラスト:野中 聡紀